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 白井聡著「長期腐敗体制」を読んだ。日本の現政権は、悪い政治における三つの悪徳である不正・無能・腐敗の三拍子が揃っている。不正とは、間違った良くない政治理念を追求していること、無能とは、統治能力が不足していること、腐敗とは、権力を私物化し乱用していることである。

このような政権が長く持続できているのは、体制になってしまったからである。この体制を「2012年体制」と呼ぶ。それはかなり強固に確立された権力の構造であることを意味するため、その頂点に誰がいようが体制の機能にとって影響がなくなるからである。

2012年体制の歴史的任務は「戦後の国体」の終焉を無制限に引き延ばそうとすること、つまり国体護持である。天皇陛下をアメリカに置き換えた「戦後の国体」はソ連崩壊で終わっているわけで、戦後レジームは土台を失って砂上の楼閣になっていく。ところが、自民党を中心とする親米保守勢力はこの住み心地がよい楼閣を壊したくないので、実は終わっているものを無制限に引き延ばそうとしているわけだ。

問題は対米従属そのものではなく、戦後日本の対米従属の特殊な性格、それが戦前天皇制に起源をもつ「国体」の構造に基づいて従属していることが問題なのである。「国体」は、その中にいる人間をダメにする、そこに生きる人間に思考を停止させ、成熟を妨げ、無責任にし、奴隷根性を植え付ける、そのようなものである。
現代日本の閉塞、社会の全般的劣化も、「戦後の国体」の限界が招き寄せたものにほかならない。

国体システムは三つの段階を踏んできた。第一段階は国体システムの形成期で、人的には対米従属レジームの第一世代に当たる。第一段階は敗戦から1970年代初期までの期間で、代表者は吉田茂、岸信介だろう。吉田は保守本流で経済重視、岸は保守傍流で軍復活のための改憲を重視し国家主義的、右翼的である。保守傍流は今の清和会に続く。ある時期から自民党では傍流と奔流が入れ替わり、今は清和会が自民党内の最大派閥になっている。ただ、本流と傍流は本質において違わない。

ソ連崩壊によって自民党は反共主義という内的原理を失ってしまい、「対米従属を通じた対米自立」という対米従属の合理性を支えた最大の根拠が消滅する。そしていつの間にか名分の後半部が忘却されて、「対米従属を続けるための対米従属」ちう同語反復になってしまっていた。これが戦後の国体の第三期=崩壊期であり、その時代を担う第三世代を代表するのが安倍晋三である。

自己目的化した対米従属という欺瞞、茶番、戦後の全期間にわたって打ち固められてきた権力の構造に乗っかって権力者の地位を与えられた面々―その究極的な象徴が安倍晋三―に、自らこの構造を壊すことはできない。純粋な権力保持の欲望のみで内的原理も正当性もない。ただひたすら既成の権力構造を維持して、それによって自分の地位・権力・利権を保持したい。そのためには手段を択ばない。東西対立の終焉以降の状況で自民党は純粋権力党の性格を色濃くしてきた。

新外交イニシアティブを主催する猿田佐世氏によれば、日本の支配層が自らの影響力を維持、強化するために提言を発信するとき、自分たちで言うよりアメリカに言わせた方がより有効に力を発揮できるメカニズムがある。それが「ワシントン拡声器」だと。日本への提言を出すアメリカの財団やシンクタンクの経営主体を調べると、最大の出資者は日本政府あるいは日本企業であったりするという。

だから単純に言えば、アメリカに一生懸命お金を貢いで命令してもらっているということ。つまり、日本の支配エリートが「集団的自衛権の行使はできて当たり前だ」といった内容を正面切っては言えないために、アメリカに言ってもらうような構図がある。

戦後の自民党中心の体制は、占領期の朝鮮戦争発生に伴う逆コース政策に歴史的起源がある。つまり、日本の戦後レジーム「戦後の国体」の本質とは、朝鮮戦争レジームである。従って終結されたら困る、終わるぐらいなら戦争再開のほうがましだ、といのが日本の支配権力の本音である。トランプが北朝鮮と直接交渉する過程で、朝鮮戦争終結宣言を出さないよう、日本がアメリカに水面下で一生懸命働きかけていたことに表れている。

戦後の第一期は「対米従属を通じた対米自立」が自覚的に目指されたが、第二期は対米従属が不可視化し、対米従属が日本の国益に資する構造的基礎―東西対立と日本国内の反米勢力―が破壊され崩壊した。第三期の現在は、対米従属が自己目的化し、国体である対米従属体制を永久に保ち続けたいと望んでいる。すると、対米従属の構造的基礎を幻想的に回復しなければならない、という要請が出てくる。この幻想に一定のリアリティを与えるのが中国問題である。中国をかってのソ連の位置に置けばいいのだ。

安倍・菅・岸田を首班として続いてきた2012年体制が、なぜ数々の失策と腐敗にもかかわらず維持されてきたのか。野党が弱いからとか、小選挙区制度が良くないからといった理由付けは、小手先の理由付けに過ぎない。自公政権が国政選挙で相対的に最多得票を取り続けてきたことから言えば答えは単純で、要するに「多くの国民によって支持されてきたから」と言うほかない。

この国民の選択の堅固さは、コロナ禍の下での、緊急事態宣言発令下での、医療崩壊の状況の下でのオリンピック開催が強行された直後の2021年総選挙でも証明された。このような選択をする社会とはどういうものなのかを考える。

2021年12月、アメリカの大学で教鞭をとる堀内勇作氏らのチームが、「コンジョイント分析」という手法を用いて実施した実験的調査が公表され話題になった。手順は、政策を「コロナ対策」「外交・安全保障」「経済政策」「原発・エネルギー」「多様性・共生社会」など五つの分野に分け、各分野に各党が2021年総選挙で掲げた政策をランダムに割り振り、架空の政党の政策一覧表を作る。この一覧表から支持する政党を選択してもらう。これで、政党名を抜きにして「どんな政策が指示されているのか、支持されていないのか」が明らかになる。

この調査が明らかにしたのは、自民党の政策は大して支持されていないというよりもむしろ、国政政党のうちでかなり不人気ですらあるということだった。とりわけ、原発・エネルギー政策や多様性・共生社会などの政策分野では、最低の数字をマークした。逆に、2021年総選挙で議席を減らした共産党の経済政策は、極めて高い支持を受けている。

この結果は、有権者はおおむね政策を基準として投票先を決めているはずだという、政治学者が想定する常識的な前提は、現実と大きく乖離していることが明らかになった。つまり、日本の多くの有権者は各政党がどんな政策を掲げているのかロクに見ていない、ということをこの調査は明らかにした。

自民党の政策は支持されていないのに、なぜ選挙で勝つのか。堀内氏らのグループは、もう一つの調査を実施している。ランダムにつくられた政策パッケージの一方を「自民党の政策」として提示し、もう一つの架空の党の政策一覧表と並べ、どちらを支持するかを選ばせた。その結果、どの分野のどんな政策でも、「自民党の政策」として提示されると、大幅に支持が増えたのである。日米安保条約を廃止するという、きわめて人気の低い共産党の外交・安全保障政策でさえも、「自民党の政策」として提示されると、過半数の被験者から肯定的な評価を得た。

自民党の政策が支持を受けていないのに選挙をやれば勝つことの理由が、ここから見えてくる。政党の掲げる政策をほとんどロクに見ておらず、ただ何となく自民党に入れている有権者がかなり多くいる、あるいはそうした有権者が標準的な日本の有権者ではないのか、ということだ。

これ程の政治的無知が最近始まったのか、それとも昔から存在しているのかは何とも言えないが、はっきりしているには、有権者の大半がこのように思考停止しているのであれば、そんなところで選挙などやっても無意味であるということだ。「今までは自民党、これからも自民党」という観念に凝り固まった有権者が多数存在しており、そうした「政権担当能力は自民党にしかない」という、コロナ禍によっても完全に根拠なしと証明されたはずのイメージは、ここ10年余りの間にかえってますます強固になったと考えられる。

現在の日本の統治の崩壊という状況は、小手先の政治の変化によって解決できるようなものではない。2012年体制は、戦後日本社会全般の行き詰まりと劣化の産物そのものだった。従って、この劣化の傾向に歯止めがかけられない限り、本質的な意味での政治の転換は起こりようがない。また、その行き詰まりと劣化は、戦前以来の体制が敗戦後の民主化を経ても生き残ってしまったという歴史的事情に根差す一方で、アメリカの相対的衰退、中国の台頭、グローバルな経済構造の変化、国民国家システムの機能不全といった、新しい状況にも根ざしている。ゆえに、いったいどこから手を付ければよいのかわからないほど複雑に、多種の困難が折り重なっている。

今日本人が問われているのは、各人がそれぞれの持ち場で、その持ち場が本質的に要求することをどれほど真剣にやり遂げられるか、ということではないか。それは逆の角度から言えば、無用なこと、間違がったことをやらせる命令を拒否する、ということでもある。そのような拒絶が、社会的、倫理的な抵抗の第一歩なのだ。私たちは、抵抗することをあまりにも長い間忘れてきてしまった。そしてそれは倫理的頽廃に他ならない。この頽廃を基盤として、腐敗の大輪を咲かせたのが、2012年体制だった。
今必要なのは、この基盤を今度は私たちが一歩一歩腐食させることなのだ。

















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