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 斎藤幸平著「人新世の「資本論」」を読んだ。本書は、最新のマルクス研究の成果を踏まえて、気候危機と資本主義の関係を分析していくなかで、晩年のマルクスの到達点が脱成長コミュニズムであり、それこそが「人新世」の危機を乗り越えるための最善の道だととの確信に基づいて、人類が環境危機を乗り切り、「持続可能で公正な社会」を実現するための唯一の選択肢が、「脱成長コミュニズム」であると説いている。

SDGsもグリーン・ニューディールも、そしてジオエンジニアリングも、気候変動を止めることはできない。「緑の経済成長」を追い求める「気候ケインズ主義」は、「帝国的生活様式」と「生態学的帝国主義」をさらに浸透させる結果を招くだけである。その結果、不平等を一層拡大させながら、グローバルな環境破壊を悪化させてしまう。

資本主義が引き起こしている問題を、資本主義という根本原因を温存したままで、解決することなどできない。解決の道を切り拓くには、気候変動の原因である資本主義そのものを徹底的に批判する必要がある。

しかも、希少性を生み出しながら利潤獲得を行う資本主義こそが、私達の生活に欠乏をもたらしている。資本主義によって解体されてしまった<コモン>を再建する脱成長コミュニズムのほうが、より人間的で、潤沢な暮らしを可能にしてくれるはずだ。

それでも資本主義を延命させようとするなら、気候危機がもたらす混乱のなか、社会は野蛮状態に逆戻りすることを運命づけられている。冷戦終結後の30年間で明らかになったように、資本主義を等閑視した冷笑主義の先に待っているのは、「文明の終わり」という形での、全く予期せぬ「歴史の終わり」である。だからこそ、私達は連帯して、資本に緊急ブレーキをかけ、脱成長コミュニズムを打ち立てなければならないのである。

私達は資本主義の生活にどっぷりつかって、それに慣れ切ってしまっている。理念には賛同しても、システムの転換というあまりにも大きな課題を前にして何をしていいかわからず、途方に暮れてしまうだろう。資本主義と、それを牛耳る1%の超富裕層に立ち向かう困難な「闘い」に99%の人たちを動かすなんて到底無理だ、としり込みしてしまうかもしれない。

しかし、ハーバード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によると、「3.5%」の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるというのである。事例を挙げると、フィリピンのマルコス独裁を打倒した「ピープルパワー革命」(1986年)、大統領のエドアルド・シュワルナゼを辞任に追い込んだグルジアの「バラ革命」(2003年)、ニューヨークのウォール街占拠運動、バルセロナの座り込みなどがある。

「3.5%」の人々が起こすべきアクションの身近な例としては、ワーカーズ・コープや学校ストライキ、有機農業、地方自治体の議員への立候補、環境NGOでの活動、市民電力、所属企業への厳しい環境対策要求、気候非常事態宣言への署名活動、富裕層への負担要求運動など様々なものが考えられる。そうやって、相互扶助のネットワークを発展させ、強靭なものに鍛え上げる。

これまで私たちが無関心だったせいで、1%の富裕層・エリート層が好き勝手にルールを変えて、自分たちの価値観に合わせて、社会の仕組みや利害を作り上げてしまった。
3.5%の人々の動きが、大きなうねりとなれば、資本の力は制限され、民主主義は刷新され、脱炭素社会も実現されるに違いない。

資本主義の歴史を振り返れば、国家や大企業が十分な規模の気候変動対策を打ち出す見込みは薄い。解決策の代わりに資本主義が提供してきたのは、収奪と負荷の外部化・転嫁ばかり。矛盾をどこか遠い所へと転嫁し、問題解決の先送りを繰り返してきた。

資本による転嫁の試みは最終的には破綻する。このことが、資本にとっては克服不可能な限界になる。転嫁には技術的、空間的、時間的という三種類の転嫁がある。技術的転嫁は問題を解決せず、むしろ技術の濫用によって、矛盾は深まっていく。空間的転嫁は、矛盾を中核部にとってのみ有利な形で解消する試みで、矛盾を周辺部へと移転するだけ。時間的転嫁は、負担を未来へと転嫁し、将来を犠牲にすることで、現在の世代は繁栄するやり方。

外部(転嫁先)の消尽によって、危機から目を背けることは、今やますます困難になっている。気候危機が人類に突き付けているのは、採取主義と外部化(転嫁)に依拠した帝国的生活様式を見直さなくてはならないという厳しい現実に他ならない。
外部化ができなくなれば、これまでのような資本蓄積はできなくなる。環境危機も深刻化し、資本主義システムの正当性は大きく揺らぎ、既存のシステムに反対する抗議活動も盛んになっていく。

資本主義システムが崩壊し、混沌とした状態になるのか、別の安定した社会システムに置き換えられるのか、その資本主義の終焉に向けた「分岐」が、今や始まっているのである。

グリーンニューディールは、再生可能エネルギーや電気自動車を普及させるための大型財政出動や公共投資を行う。そうやって安定した高賃金の雇用を作り出し、有効需要を増やし、景気を刺激することを目指す。好景気が、さらなる投資を生み、持続可能な緑の経済への意向を加速させると期待するのだ。危機の時代に、新自由主義はもはや無効でこれからは、新たな緑のケインズ主義、「気候ケインズ主義」だというわけである。

気候ケインズ主義に依拠した「緑の経済成長」こそが、資本主義が「平常運転」を続けるための「最後の砦」になっているのである。その「最後の砦」の旗印になっているのが、「SDGs」だ。環境学者ヨハン・ロックストロームは、経済成長か、気温上昇1.5℃未満の目標か、どちらか一方しか選択できないことを公に認めた。つまり、経済成長と環境負荷の「デカップリング」が、現実には極めて困難であると判断した。

2~3%のGDP成長率を維持しつt、1.5℃目標を達成するためには、二酸化炭素排出量を今すぐにでも年10%前後のペースで削減する必要がある。だが、市場に任せたままで、年10%もの急速な排出量削減が生じる可能性がどこにもないのは明らかだろう。これが経済成長の罠である。

資本主義は、コストカットのために、労働生産性を上げようとする。労働生産性が上がれば、労働者は少なくて済むから、経済規模が同じなら失業者が増える。失業率が高いことを政治家は嫌うから雇用率を守るために、絶えず経済規模を拡張していくよう強い圧力がかかる。こうして、生産性をあげると、経済規模を拡大せざるを得なくなる。これが「生産性の罠」である。

資本主義は、「生産性の罠」から抜け出せず、経済成長を諦めることができない。そうすると今度は、気候変動対策をしようにも、資源消費量が増大する「経済成長の罠」にはまってしまう。だから、科学者たちも、資本主義の限界に気づき始めたのである。2019年、1万人を超える科学者たちが、「気候変動は、裕福な生活様式の過剰消費と密接に結びついている」ことを訴え、既存の経済システムから抜本的に転換する必要性を唱えたのだ。

「人新世」の時代に私たちが選びうる未来の形は、平等の程度を横軸に、権力の強度を縦軸にとると、両軸で挟まれる①右上、②右下、③左上、④左下の4つの領域で表わされる。

①は「気候ファシズム」で、国家権力が強く、不平等な未来。現状維持を強く望み、資本主義と経済成長にしがみつき、気候変動による被害により、一部の超富裕層以外まともな生活ができなくなる。

②は「野蛮状態」で、国家権力が弱く、不平等な未来。大衆の反逆によって、強権的な統治体制は崩壊し、世界は混とんに陥る。人々は自分の生存だけを考えて行動する「自然状態」に逆戻りしてしまう。

③は「気候毛沢東主義」で、国家権力が強く平等な未来。「野蛮状態」を避けるために、貧富の格差による対立を緩和しながら、トップダウン型の気候変動対策がなされる。自由市場や自由民主主義の理念を捨てて、中央集権的な独裁国家が成立し、より「効率のよい」、「平等主義的な」気候変動対策が進められる。

④は「脱成長コミュニズム」で、国家権力が弱く平等な未来。平等で持続可能な脱成長型社会。資本主義の危機を乗り越えるために、非西欧・前資本主義の共同体から定常型経済の原理を学び、取り入れたコミュニズム。

脱成長のコミュニズムへの跳躍に向けて、私達がなすべきことを5つの柱で示す。
①使用価値経済への転換
「使用価値」に重きを置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する。
「使用価値」とは有用性であり、社会の再生産にとって有益なものであって、資本主義における売れ行きの良いものを中心に生産される商品としての「価値」とは異なる。

②労働時間の短縮
労働時間を削減して、生活の質を向上させる。必要のないものを作るのをやめれば、社会全体の労働時間は大幅に削減できる。労働時間を短縮しても、意味のない時間が減るだけなので、社会に実質的な繁栄は維持される。ただし、完全オートメーション化による労働時間の削減は、労働者という賃金奴隷の代わりに、化石燃料という「エネルギー奴隷」が働くことになり、地球環境に壊滅的な影響を及ぼすから問題である。

③画一的な分業の廃止
画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる。人々が多種多様な労働に従事できる生産現場を設計する。労働以外の余暇としての自由時間を増やすだけでなく、労働時間のうちにおいても、その苦痛、無意味さをなくす。労働をより創造的な、自己実現の活動に変えていく。

④生産過程の民主化
生産のプロセスの民主化を進めて、経済を減速させる。労働者たちが生産における意思決定権を握ること、即ち「社会的所有」によって、生産手段を<コモン>によって民主的に管理する。つまり、生産技術の開発や使い方、使用エネルギー、原料について民主的な話し合いによって決めるのである。コミュニズムは、労働者や地球に優しい新たな「開放的技術」を<コモン>として発展させることを目指す。

⑤エッセンシャル・ワークの重視
使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークを重視する。ケア労働など機械化が困難で、人間が労働しないといけない「労働集約型産業」を重視する社会に転換することによって経済を減速させる。ケア労働は社会的に有用なだけでなく、低炭素で、低資源使用なので、地球環境にとっても望ましい。

「フィアレス・シティ」とは、国家が押し付ける新自由主義的な政策に反旗を翻す革新的な地方自治体を指す。国家に対しても、グローバル企業に対しても恐れずに、住民のために行動することを目指す都市だ。
Airbnbの営業日数を規制したアムステルダムやパリ、グローバル企業の製品を学校給食から閉め出したグルノーブルなど、さまざまな都市の政党や市民団体が「フィアレス・シティ」のネットワークに参加している。一つの自治体だけの試みでは、グローバル化した資本主義を変えることはできない。だから、世界中の様々な都市や市民が連携し、知恵を交換しながら、新しい社会を作り出そうとしているのだ。

なかでも、最初に「フィアレス・シティ」の旗を立てたバルセロナ市政の取り組みは野心的である。その革新的な姿勢は2020年1月に発表されたバルセロナの「気候非常事態宣言」にも表れている。2050年までの脱炭素化(二酸化炭素排出量ゼロ)という数値目標をしっかりと掲げ、数十頁に及ぶ分析と行動計画を備えたマニフェストである。宣言は、自治体職員の作文でもなく、シンクタンクによる提案書でもない。市民の力の結集なのだ。

行動計画には、包括的でかつ具体的な項目が240以上も並ぶ。二酸化炭素排出量削減のために、都市公共空間の緑化、電力や食の地産地消、公共交通機関の拡充、自動車や飛行機・船舶の制限、エネルギー貧困の解消、ごみの削減・リサイクルなど、全面的なプランを掲げている。
その内容はグローバル企業と対峙しなくては実現できないものも多く、「フィアレス・シティ」の戦う姿勢が表れている。ここには、経済成長ではなく、市民の生活と環境を守るという意思がはっきり読み取れる。脱成長社会のエッセンスである「価値」から「使用価値」への転換をここに見出すことができる。

民主主義の刷新はかってないほど重要になっている。気候変動の対処には、国家の力を使うことが欠かせないからである。コミュニズムを選択肢とする際、専門家や政治家たちのトップダウン型の統治形態に陥らないようにするためには、市民参画の主体性を育み、市民の意見が国家に反映されるプロセスを制度化していくことが欠かせない。そのためには、国家の力を前提としながらも、<コモン>の領域を広げていくことによって、民主主義を議会の外へ広げ、生産の次元へと拡張していく必要がある。協同組合、社会的所有や「(市民)営化」がその一例だ。

















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