fc2ブログ
 白井聡著「国体論」を読んだ。本書は、「国体」の概念を基軸として、明治維新から現在までの近現代史の把握を試みたものである。戦後には「国体」は死語となったと思われているが、「戦前の国体」は構成を変えて戦後から現在まで受け継がれているということである。

「戦前の国体」とは、万世一系の天皇を頂点に戴いた「君臣相睦み合う家族国家」を理念として全国民に強制する体制であった。この体制は破滅的戦争に突き進み、惨敗した挙句に崩壊した。それは「国体」の持っていた内在的欠陥、その独特の社会構造によるものであった。1945年の敗戦に伴う社会改革によって、「国体」は表面的には廃絶されたにもかかわらず、実は再編された形で生き残ったのである。その再編劇で決定的な役割を果たしたのがアメリカである。(だから日本の右翼は一般的なファシズムではなく特異な親米右翼であり、街宣車には日章旗や旭日旗だけでなく星条旗が翻っているのである)。

戦後の天皇制の働きをとらえるためには、菊と星条旗の結合を「戦後の国体」の本質として、つまり、戦後日本の特異な対米従属が構造化される必然性の核心に位置するものとして見なければならないということである。つまり、戦後の国体は天皇制の存続の下にアメリカを天皇よりも構造的に上位に戴くかたちで形成された。天皇制の存続と平和憲法と沖縄の犠牲化は三位一体をなしており、それに付けられた名前が日米安保体制(戦後の国体の基礎)にほかならない。

「戦前の国体」が自滅の道行きを突っ走ったのと同じように、「戦後の国体」も破滅の道を歩んでいる。「失われた20年」あるいは「30年」という逼塞状態は、戦後民主主義と呼ばれてきたレジームの隠された実態が「国体」であったがためにもたらされたのである。われわれの今日の社会はすでに破滅しているのであり、それは「戦後の国体」によって規定された我々の社会の内在的限界の表れである。

対米従属の問題性の核心は、日米安保条約でもなければ、大規模な米軍基地が国土に置かれていることでも、戦後の日米間の国力格差でもない。それはドイツやフィリピンを見れば明らかである。対米従属の現状を合理化しようとする様々な言説は、ただ一つの真実の結論に決して達しないための駄弁である。ただ一つの結論とは、実に単純なことであり、日本は独立国ではなく、そうありたいという意思すら持っておらず、かつそのような現状を否認している、という事実である。

本物の奴隷とは、奴隷である状態をこの上なく素晴らしいものと考え、自らが奴隷であることを否認する奴隷である。さらにこの奴隷が完璧な奴隷である所以は、どれほど避妊しようが、奴隷は奴隷に過ぎないという不愉快な事実を思い起こさせる自由人を非難し誹謗中傷する点にある。その惨めな境涯を他者に対しても強要するのである。
深刻な事態として指摘せねばならないのは、こうした卑しいメンタリティが、「戦後の国体」の崩壊期と目すべき第二次安倍政権が長期化する中で、疫病のように広がってきたことである。

自民党政権の本質が、「戦後の国体」としての永続敗戦レジームの手段を選ばない死守であることに照らせば、戦後日本に経済的繁栄をかつてもたらした要因としての戦争に、同じレジームが再び依存しようとしたとしても、何ら驚くべきことではない。実際、そのような事態の発生に備えて、日米の軍事的協働は年々着々と深められてきたのである。

















管理者にだけ表示を許可する


| HOME |


Design by mi104c.
Copyright © 2024 個人出版コミュニティ, All rights reserved.