中野晃一他2著「いまこそ民主主義の再生を!」を読みました。本書は、自由民主主義が世界的な危機に瀕しているという、現状認識のもとに開催された国際シンポジュームにおける英国の社会学者、米国のジャーナリストおよび日本の政治学者の講演内容を、加筆修正したものです。

1.私物化される政治と国家---新自由主義に乗っ取られた”自由”
 現代の政治は新自由主義によって支配されており、その政治力の主要な基盤は政党支配ではなく、政治の場の非民主的な部分---特に大企業の富によって支配されている部分---に依存する。新自由主義の本当の意図は、市場による統治ではなく、企業の力による統治である。市場規制の緩和が企業の政治力を蓄積し、その力の行使が貧富の格差の拡大を招き、それがさらなる政治的影響力の不平等を導いていく。
民主主義は、政党と社会運動が連携することを必要としている。それなしでは、ますます強力になっていく企業の力に対抗することはできない。

2.”独立した報道”は可能か---沈黙を強いられた人びとの”盾”となるために
 独立メディアは、民主主義社会が機能するために必要不可欠な存在である。それは大手資本による既存マスメディアに対抗し、企業的な利潤追求に左右されることのない報道を目指すメディアである。「デモクラシー・ナウ!」はその一つである。
米国で世論が二分していたイラク侵攻時、夜の四大ニュース番組が行ったインタビュー393件のうち、反戦リーダーに対するインタビューはたった三人だった。他の大多数の人々は、企業メディアに沈黙させられているのである。
原爆投下後の広島取材において、フリージャーナリスト・バーチェットの放射能障害をも含む原爆の恐怖に対する直接的な描写に対し、政府の「お抱えジャーナリスト」となったニューヨークタイムズの科学記者ローレンスは、放射能障害を否定し、米国政府の公式見解をおうむ返しに唱えただけで、ピューリッツア賞を受賞した。

3.自由な個人の連帯へ---グローバルな少数派支配に抗して
 新しい保守統治である「新右派連合」への転換は、「反自由主義」すなわち国家主義的な権威主義(専制支配)と、「新自由主義」つまり経済的自由主義と喧伝されてきたもので構成される。
日本の保守主義は、国家の権威に依拠するところが大きい国家保守主義であり、その上に新自由主義を含む新右派連合が植え付けられていった。日本の新右派転換は、英国や米国を手本として始まり、小選挙区制の導入と行政府、特に首相官邸周辺への権力の集中を目指すものであった。小選挙区制は、少数派の票を議席の多数派に変換してしまう選挙制度で、少数派支配を推進する装置である。例えば、絶対得票率が15%程度しかなくても自民党の議席数は75%以上になる。

新右派連合のグローバルな少数支配に対抗して、先ず「自由」概念の再構築が必要である。個人の尊厳や自由を中核的な価値として希求していくような「自由」概念である。多様で異なる個人やグループ相互の主体的な協働や連帯によって、新たな政治のかたちを紡いでいかなければならない。安保関連法案反対運動はその希望を示す。

















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