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 SF短編集の原稿第12弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。

「オメガ計画」・・・・・・・・・・・十合ヒロシ
 キャラハンは、オメガ計画室のデスク上に拡げたレポートを、食い入るように見つめていた。その生成脳は、光放射に対して共鳴周波数の極近傍においてのみ鋭く高い応答を示していたのだ。それは脳の微小導波管における意識―量子場共鳴が強くかつ極めてコヒーレントで、単一周波数の高エネルギー共鳴波動が微小管外へ転移したことを示している。従って、この生成脳の微小導波管の構造及び遺伝特性を調べれば、意識―量子場共鳴の転移機能を強化する人工遺伝子設計に重要な示唆が得られる筈である。また、生存を脅かすような環境刺激によっていずれの脳も、閾値よりかなり低強度の磁場で光放射を励起していた。これは微小導波管というハード面だけではなく、知覚-意識というソフト面の強化の必要性を示していた。

オメガ計画室の窓際にある自分の席で、デスク上に山のように積まれたレポートを次々と読み進みながら、キャラハンの目は輝きを帯び、頬は自然と緩んでくるのであった。ここ数ヶ月でオメガ計画は急速に進展し、重要な成果が次々に出てきてキャラハンが提示した研究課題はほぼクリアされた。シェフィールドは過酷環境実験によって、共鳴転移機能が強化された意識脳を育成、セルダンは量子場特性解析によって、共鳴転移ポテンシャルを最大化する微小管の最適構造寸法を算定、スノーは増殖させた多数の微小管の遺伝特性を調べて、最適構造寸法を発現する酵素蛋白群及びそれらを制御する遺伝子群の種類と数を決定した。これで意識―量子場共鳴の転移機能を強化する人工遺伝子を設計することができるわけで、いよいよキャラハンの出番がきたのである。

キャラハンはパッカードと共同開発した遺伝子設計支援プログラム「ジーンデザイナー」を起動した。これは対話形式で入力されたマクロコードに基づいて、遺伝子を構成するDNA塩基配列を生成、変換、複写、切断、挿入、接合するもので、膨大な設計作業を支援する強力なソフトであるが、DNA配列に操作を加えるには酵素系の生化学に関する的確な知識が要求されるので、誰にでも使えるわけではない。モニター画面にはコード入力を促す点滅カーソルが表示されている。キャラハンはヒトゲノムデータバンクにアクセスし、メニューから脳―神経細胞―星形細胞―軸索―微小管を選択してデータのダウンロードコードを入力した。

無菌室はつめかけたオメガ計画の関係者でごった返し、ムンムンする人いきれでエアコンが効かないほどであった。実験台の上に置かれた釣り鐘形の特殊強化ガラス容器の中では、人工遺伝子を組み込まれた新しい生成脳が6個、循環液に包まれてゆらゆらと揺れていた。最前列の特等席にはジェンテック社のランガー、ニューマン、主要研究者のキャラハン、スノー、シェフィールド、セルダン、パッカードらの顔ぶれがあった。

チラッと腕時計に目を走らせたニューマンは、軽く咳払いをしてマイクを握った。
「皆さん、おはようございます。ご多忙中のところ多数お集まり戴きましてありがとうございます。それでは定刻になりましたのでオメガ計画成果発表会を開始致します。先ず、キャラハン博士から成果の概要を説明して戴きます」
ニューマンからマイクを受け取ったキャラハンは、満面に笑みを湛えながら自信にあふれた声で話し始めた。
「キャラハンです。本日ここに念願の成果を発表できる運びになりましたことを、関係者の皆様方とともに喜びたいと思います。オメガ計画はクローン脳の生成を初め、意識―量子場共鳴転移の検証、微小管の構造及び遺伝特性の把握、並びに意識―量子場特性の理論解析、過酷環境での脳の意識ポテンシャルの強化など数々の重要な成果を総合して、遂に強力な意識―量子場共鳴転移を生じさせる最適構造の微小管を発現する人工遺伝子を生みだしたのであります。皆さんがご覧になっている6個の生成脳にはこの人工遺伝子が組み込まれ、意識ポテンシャルの強化訓練も実施済みであります。それでは、これらの生成脳が生存環境の悪化に対してどのようにふるまうかを示すテストをお見せしたいと思います。シェフィールド博士お願いします」

シェフィールドは、マイクを握ると参会者をぐるりと見渡しながら、テスト方法を説明した。
「ご存じのように、生成脳の生存環境は人工子宮システムによって制御されています。一例として、循環液の温度を適正範囲から強制的に逸脱させた時の生成脳の挙動をテストします。温度データは各所に設置したモニターの画面に表示されますので、お近くのモニターをご覧ください。それと温度レベルを音階に対応させてスピーカーでながしますので、モニターが見れない方は音で温度変化を判断してください。循環液の温度は通常21℃±3℃に制御されていますが、テストではこれを40℃±5℃に強制変更します。それでは実験を開始します」

シェフィールドが人工子宮の制御コンソールの前にいる助手に合図すると、助手は手慣れた指裁きでキーボードを手早く操作した。途端にくぐもったピアノの音に似た合成音が室内に響きわたった。
「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、……」
一方モニター画面には温度―時間チャートが表示され、白い上下限線の間で21℃近辺を変動推移する赤い線が見られた。やがて赤い線はじりじりと上昇し、上限線を越えてなおも上昇し続けていった。それにつれて室内の合成音も高音域に移っていった。
「レッ、レッ、レッ、……ソッ、ソッ、ソッ、……」
赤い線が35℃のレベルに到達したとき、奇妙なことが起こった。設定温度まで後まだ5℃を残しているにもかかわらず、赤い線は35℃レベルで足踏みを始め、それ以上は上昇しようとしないのであった。合成音も同じ音階をしつこく繰り返していた。
「シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、……」
しばらくその状態が続いた後、更に奇妙なことに赤い線は降下し始め、じりじりと白い上限線に近づいていったのである。
「ソッ、ソッ、ソッ、……、レッ、レッ、レッ、……」
そして遂に上限線を横切って元の21℃近辺を変動推移するようになった。
「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、……」

信じられない現象を見せられた参会者の間からどよめきが起こり、口々に自分の思いをぶちまける人々の声が合成音と重なって、狭い室内にワーンと反響した。
「お静かに願います。これは制御不良ではありません。加熱器の消費電力は制御信号に応じてどんどん増大しています。計測機器も異常ありません。ただ実際の温度が設定値まで上昇しないのです」シェフィールドが言った。
「すると、生成脳が温度を下げていると言うのか! しかし、どうやって?」
後ろの方にいた参会者の一人が大声で言った。その質問を予想していたシェフィールドは、用意していた回答を淡々と述べた。
「現象的には加熱器の熱エネルギーが循環液に伝達されないと言うことです。ハード上は熱伝達の阻害要因がないので、生成脳が熱伝達を阻害していると思われます。つまり、生存の危機を感じた生成脳が、加熱器から循環液配管または配管から液への熱輻射、及び熱伝導の生起確率を量子レベルで減少させていると思われます」
「信じられん。マクロな事象の生起確率を操作できるなんて……」

やりとりをじっと聞いていたキャラハンがその時割り込んで発言した。
「お気持ちは分かります。しかし意識ー量子場共鳴の遷移領域で、事象の生起確率が共鳴状態に応じて変化することは、理論的に解析できるのです。オメガ計画はそれを現実化することを目的としています」
「もしそれが本当なら、それは制約を課さないと極めて危険なものになるんじゃないですか?」別の参会者が言った。
「生成脳は生存環境が危険な状態になったとき、それを回復するためにしか意識発動しません。従って危険はないと考えます」キャラハンが答えた。
「フム、そうすると生成脳は何の役に立つんですか? その応用面のことですが…」
「そうですね…、未だ先のことになりますが、例えばバイオプラントや火星植民地の環境維持システムで、その制御パラメータと生成脳の環境因子を相関させておけばロバスティックな制御システムを構成できるでしょう」
「なるほど。ところで開発された人工遺伝子はクローンや人間にも適用されるんでしょうか?」
「フム、難しい問題ですね。私個人としてはそうしたいんですが、それを決めるのは私ではなく議会や政府、いや国民の総意ではないでしょうか?」キャラハンが歯切れの悪い答えを返した。

そろそろ予定の時刻が近づき、質疑も出尽くしたと判断したニューマンはマイクを取って発表会の終了を宣した。
「皆さん、まだまだ議論はあろうかと存じますが、そろそろ予定の時刻になりましたので、本日の発表会はこれにて終了させていただきます。有り難うございました。」
参会者は興奮した口調でペチャクチャしゃべりながら、ガヤガヤと室外に出ていった。

キャラハンは、人工子宮から取り出した赤ん坊を育児ロボットの「ママ」に手渡した。「ママ」はUR社製の最新式のヒューマノイド型ロボットで、ちょっと見ただけでは人間と区別できないくらい精巧に作られている。頭蓋にはニューラルネットワークを構成する多層並列処理プロセッサー集合体が組み込まれ、UR社での出荷前の教育学習によって、育児動作に関する基本パターンが形成されている。このパターンはその後の経験学習によって更新され、最適なものに近づいていくのである。

キャラハンは、書斎でハーブ茶をすすりながら「超神論」を読んでいた。異端の哲学者ノエ・ザメルが唱える超神哲学を開陳した、全三巻からなる膨大な著作である。第1巻は、生命進化の必然性と波動意識の発現、第2巻は波動意識を中核とする進化理論、第3巻は波動意識の階層理論を展開し、それに基づき人類の現階梯と未来のあるべき姿を予見したものだ。簡約すると、人間は明確な目的に基づいて自らの手で自身を改良していき、宇宙で最高位の存在にまで階梯を上り詰める使命を有するというのである。キャラハンが、10年前生成脳の応用研究に限定されたオメガ計画と決別し、人間への適用をもくろんだのは、この「超神論」の影響が大きかった。

ノヴァは、キャラハン開発の人工遺伝子を組み込んだクローン人間である。出生時の遺伝子検査で欠陥がなく、かつ最優良であることから遺伝子カーストの最高位である「パーフェクト人」として登録されている。5歳の時、手が滑って床に落ち砕け散ったガラスコップを、「ママ」が手を伸ばすよりも早く、じっと見つめるだけで入っていたミルクとともに元に戻したことがあった。また、千ピースのジクソーパズルを楽々と仕上げて、キャラハンをうならせたこともある。学校に行くようになると、いじめっ子が階段から転げ落ちたり、プールで溺れたりする事件が頻発したため、疫病神のように気味悪がられて誰も近寄らなくなった。授業はノヴァには易しすぎてつまらないようで、ネットや電子書籍で勉強した大学レベルの知識をもとに、教師に意地悪な質問をしていやがられていた。このような状況をキャラハンは、憂慮とは逆の満足をもって受け止めていた。なぜならノヴァを出発点として、人類の現階梯を一段高めるという自分に課した使命が果たせそうだからである。

主席行政官室で、白いデスクの上に広げたレポートを読んでいるジェンセンの眉間には深い皺が刻まれていた。公安局は期待した成果を上げていないばかりか、袋小路に入り込んでいるようだ。侵入した情報部員が3名も痕跡さえ残さず立て続けに消えるのは尋常ではない。6年前にスノーから連絡があって以来、キャラハンの動きにはそれとなく注目していたが、やはり人工遺伝子を組み込んだ自分のクローンを作り、意識―量子場共鳴機能を発現させたのに違いない。情報部員は事象の生起確率を操作するようになったクローンに消されたと考えればすべて辻褄が合う。クローンがそんなに強力なら軍でも出動させないと駄目だろう、いや軍でも駄目かも知れない。それは国家にとって大きな脅威になるから放置できない。軍の研究所は確率操作クローンを生成できなかったのに、奴はどうやってクリアしたんだろう……。

遺伝子検査法を中核とする優生政策は社会に定着し、難民流入問題は解決されたかに見えたが、第三世界の人口増加と窮乏化は益々エスカレートして、先進諸国との軋轢は先鋭の度を増していた。昨今では遺伝子組み換えの生物兵器を大量生産し、その使用を仄めかせて難民受け入れを迫る国々が増加しており、これに対向するため、先進諸国は核兵器による報復をちらつかせることでバランスを保っているが、いつ何時それが破錠するか知れたものではないのである。もちろん、政府は生物兵器による攻撃を受けた場合を想定して、それを無力化するために国立衛生研究所を中核とする防疫体制を敷いているが、それで完全に阻止できる保証はない。それがジェンセンの頭痛の源泉であった。事象の生起確率を操作できるキャラハンの人工遺伝子は、防疫体制が破れた時の最後の砦としてジェンセンが密かに目を付けていたのである。軍が失敗した確率操作クローンの生成には、キャラハンの協力が必要不可欠であった。

キャラハンが書斎でメールをチェックしていると、公安局情報部長からの暗号メールに目が止まり、こみ上げてくる不安を抑えながら開封した。本文は"添付ファイルをご覧ください"としか書かれておらず、不審に思いながら添付ファイルを開くと、公安局長の署名入りでキャラハンの協力を強要する文書があった。一瞬心がぐらついたが、協力内容にノヴァの国家管理が含まれているのを見て怒りがこみ上げてきた。拒否したときの報復攻撃に対抗できるか確認する必要があると思ったキャラハンは、書斎を出て学習室に入った。
「ノヴァ、ちょっと話があるんだが……」
キーボードの手を止めて振り向いたノヴァは、微かな笑みを浮かべて言った。
「なんだい?」
キャラハンはノヴァの横のソファーに座り、暫しためらっていたがやがて意を決したように言った。
「実は、お前に隠していたことがある。お前の出生のことだが……」
「そのことなら知ってるよ、ディスクで見たから」
ノヴァは気にする様子もなくあっさりと言った。キャラハンは拍子抜けがしてすっかり気持ちが軽くなるのを覚えた。
「そうか、それならいい。話はもう一つあるんだ。今見たら公安局からメールがきていた。確認したいことがあるんでちょっと書斎へきて見てくれんか?」
「いいよ」
二人は書斎に戻りノヴァは公安局のメールを読んだ。眼を閉じてじっと考え込んでいるノヴァを横目で見ながら、キャラハンは遠慮がちに言った。
「色んな武器で同時に攻撃されたら、この前のように防げるかな?」
目を開けたノヴァは皮肉な笑みを浮かべてあっさりと答えた。
「全部は防げないだろうな」
危惧が的中して、キャラハンは不安が高まってくるのを抑えられなかった。
「じゃ、どうする? 軍に協力するしかないのか?」
ノヴァはキャラハンをじっと見つめながらきっぱりとした口調で言った。
「いや、予定より少し早いけど明日引っ越すことにするよ。パパは貴重品を車に詰めといてね。ぼくはパパの秘密ディスクをネットにアップロードするから」
「なんだって! そんなことをしたら世界中で確率操作クローンが作られて……」
続けようとしたキャラハンは、突然それが大変動をもたらすとしても、人類の進化階梯を押し上げるという自分の使命を達成する近道だと悟って沈黙した。その様子を面白そうに見ていたノヴァが静かな声で言った。
「贈り物をどう使うかは受け取った人々に任せればいいと思うよ」
「フム、人類の選択ということか? ところで、引っ越し先はどこなんだね?」
「それはぼくに任せてよ、暖かくてとても良いところだよ」

















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