fc2ブログ
 SF短編集の原稿第11弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。

「ニューロゲン」・・・・・・・・・・・十合ヒロシ
 主席行政官のジェンセンは、解読された暗号メールを食い入るように見つめていた。これでやっと難民対策を強力に推進できる。秘密裏にバイテク各社の研究開発を探らせていたが、こんなにぴったりしたものが出てくるとは、神に感謝を捧げたいくらいであった。管轄下の公衆衛生局に、ジェンテック社の新製品の認可手続きを簡略化するよう指示することは容易であった。

ランガーは、社長はじめ全重役が出席する製品審議会で「シナプス」プロジェクトの成果報告を行い、遺伝子ハンターが地底から持ち帰った「驚異の遺伝子」の製品化を提言した。特許権取得、市場規模、利益率など二、三の質疑応答があったが、ここ数年の業績低迷を打破する強力な新製品を模索していた経営陣は全員一致で賛同し、製品化が決定された。製品開発室に戻ったランガーは直ちに部下を召集し、公衆衛生局への新製品の認可申請手続きを急ぐよう指示した。

一ヶ月後、公衆衛生局から製品販売を認可するとの証明書が送達されてきたのを見て、ランガーはレスポンスの早さに驚いた。従来は申請から認可まで早くても半年はかかっており、おまけにこまごまとした認可条件がついていたのに比べると、一切の条件なしで即認可というのは異例であった。ランガーは、何か見えざる手に動かされているように感じて背筋にゾクッと震えが走った。

営業・販売部門は、ネット及びマルチメディアを駆使した巧妙なPR活動、およびノーベル賞学者のキャラハンを主役とする巡回キャンペーンを展開し、新製品「ニューロゲン」のイメージ浸透を図った。キャラハンのカリスマ性もあって巡回キャンペーンは狙いが的中し、行く先々の会場では入りきれない群衆が周辺の街路に溢れて、交通整理の警官隊まで出動する有様であった。

ネットや科学雑誌には「驚異の遺伝子」挿入マウス「アルジャーノン」の迷路探索における驚異的な認知能力が披露され、マスコミにも大きく取り上げられて職場や家庭での話題の中心になった。しかし、高額の費用負担と一週間程度の入院生活を強いられることから、初めの頃はアルツハイマー等の脳障害患者の治療に使われるくらいであった。それがオリンピック選手やプロスポーツの選手が使うようになり、やがて政治家、弁護士、企業経営者、科学者などの社会の上層部に広がってくると、臨界に達した核反応のように雪崩を打って社会全体に拡大していったのである。

「ニューロゲン」は生産が追いつかないほどの爆発的な売れ行きを示し、ジェンテック社創業以来の大ヒット商品になった。売上高は二次曲線的に増大し、換算すると3ヶ月後には国内人口の30%近くまで浸透したことになるのであった。誰もが人より優位に立ちたいと思っているのだ。この調子でいくと半年足らずで国民全員に拡がる勘定になる。成功に気をよくしたキャラハンは、「ニューロゲン」開発研究に関する著作を出したり、マスメディアからのインタビューや各種団体の講演依頼に積極的に対応し、かねてからの持論である「遺伝子改良による理想的生物への進化」を吹聴して廻った。

白一色の主席行政官室で、パソコン画面のニューロゲン浸透曲線を見ていたジェンセンは、いよいよ機が熟してきたなと思った。これまで流入を規制する適正な理由がないため、十分な成果を上げられず苦しんできた難民流入規制法に、明確な根拠を与えることができるのだ。それもニューロゲンが国民の80%にまで浸透した今では大きな反対もなくできそうである。ジェンセンが半日がかりで作り上げた「遺伝子検査法改正法案」の骨子は、国内居住者及び居住希望者に対する遺伝子検査の合格基準として、従来の法定欠陥遺伝子に関する規定以外にニューロゲン遺伝子の保持規定を追加し、これを満たさない者には断種処置を義務づけるというものであった。

国会審議では野党から、本法案は社会の底辺層に対する差別政策であり、国がニューロゲン遺伝子取得費用を大幅に負担する施策を採らない限り、容認できないとの反対意見が出された。政府は膨大な累積赤字を抱えた現在の国家財政では、新しい財政負担を強いるニューロゲン遺伝子取得費用の捻出は不可能であると回答し、反対意見を一蹴した。野党は一斉に硬化し審議は紛糾したが、今や絶対多数政党となった政府与党は強行採決に持ち込み、賛成多数で可決させたのである。

マスメディアは改正法案の議会通過を大々的に報道し、差別政策を政府与党が強行採決したことに対して厳しく非難したが、ニューロゲン遺伝子の保持規定そのものについては否定していなかった。非保持者に断種処置を義務づけるのであれば、国がニューロゲン遺伝子取得費用の大半を負担すべきであるというのが共通的な論調であったが、例によって各分野の知識人による積極的な賛成意見と、保持規定はおろかニューロゲンそのものに対する反対意見とが入り乱れていた。

「遺伝子検査改正法」が施行された年の夏は各地で連日40℃を越す猛暑が襲い、おまけに湿度が70%近くになるという異常気象であった。ビル、工場、家屋などあらゆる建築物に設置されたエアコンはフル稼働し、電力供給が需要に追いつかずに度々停電する有様であった。エアコンから屋外に排出される熱のために、夜になっても大気温度はあまり下がらず、戸外は蒸し風呂の中のうだるような暑さが続いた。

夕闇の迫る頃、ニューポート市のスラム街の一画に5台のパトカーと1台の囚人護送用トラックが停車し、約20名の警官がばらばらと降りてきた。警官は2名一組で10チームに分かれ、薄汚れた集合住宅の一軒一軒の玄関口に立ちドアをノックした。ドアが開き住人が不興げな顔を出すと、逮捕状を見せながら、有無を言わせず連行しようとした。
「遺伝子検査法違反の容疑で逮捕する!」
「何だと!そりゃおめえらが勝手にでっち上げたもんだろうが!俺達にゃ関係ねえ!」
「つべこべ言うな!文句があったら署まできて言うんだな」
「うるせえ!とっとと帰りやがれ!」
警官を押し出してドアを閉めようとした住人との小競り合いがあちこちで始まり、大きなわめき声や物がぶつかる音が重なって辺り一帯が騒然としてきた。
何事が起こったのかと物見高い近隣の住民が一斉に戸外に出てきて、あっという間に付近一帯は黒山の人だかりができた。
「どうしたんや?喧嘩でも始めやがったか?」
「いや違う。ポリ公がいっぱいきて片っ端からしょっぴいているらしい」
「なんでや?」
「そんなこと知るかい!ポリ公から見りゃ、この地区に住んでるもんはみんな罪人なんだろうよ」
「違うんだよう、学のねえ奴らはこれだから困る。ありゃ遺伝子法違反の奴を捕まえてるんだよう」
「偉そうなことを言ってやがるが、じゃおめえは違反してねえのか?」
「わからねえ奴だな!違反しねえための遺伝子を買う金がありゃ、こんな地区に住んでるわけがねえんだよう」

バーン、パーンと銃声が続けさまに起こり、ボン、ゴーという音がしたと思うと、6本の真っ赤な火柱が立ち黒煙が舞い上がった。誰かがパトカーと護送車にガソリンをかけ放火したらしい。警官達を指揮していた警部補は携帯電話で本部に非常事態発生を通報し、事態収拾のための応援部隊派遣を要請すると、包囲している群衆に拳銃を向けて大声で怒鳴った。
「道をあけろ!命令に従わない者は射殺する!」
怯んだ群衆が退いて空けた隙間を縫うようにして、拳銃を構えた警官達が20名の男女を連行しながらやっとのことで炎上しているパトカーの前に来たとき、手に々銃を持ち血走った目をした男達が出てきて警官達を取り囲んだ。その中の一人が狂ったように叫んだ。
「俺達の仲間をはなせ!さもなきゃお前らみんな生きてここから出られねえぞ!」

応援部隊が駆けつけてきたとき、黒煙を上げて炎上しているパトカーと護送車の周りは血の海で、20名の警官全員とその倍くらいの住民の死体が転がっていた。警官隊は消防署を呼び出して消火作業を依頼し、地上に転がっている警官と住民が全員死亡していることを確認すると、警察本部に死体運搬車と清掃班の出動を要請した。

ニューポート事件の興奮が未だ冷めやらぬうちに、類似の騒乱事件が国内各地で頻発した。後のものほど規模が大きく組織的になっていき、機関銃や手榴弾はおろかどこから手に入れたのか、迫撃砲や小型ミサイルまで持ち出して警官隊を攻撃するものまで現れ、警察力ではとても収拾できない状況になってきたのである。

フロンティア市では、夏の真っ盛りに遺伝子検査法の違反地区に出動した特別機動隊の装甲トラックが、地雷に触れて爆破し、50名の機動隊全員が死傷するという事件が起きた。社会の底辺層の住民だけでこれほどの騒乱を起こせるはずはなく、テロ組織が介入しているのは明らかであった。事態を憂慮した政府は緊急閣僚会議を開き、事態収拾のための対策処置を審議した。これ以上の騒乱の拡大を阻止し迅速な収拾を図るには、果断な処置が必要であるとの国防省長官の意見に全員が賛同し、騒乱の規模に応じて軍を投入することが満場一致で決議された。

かくして軍司令部は、軍団を派遣してすべての騒乱地区を隈無く蹂躙し、抵抗する戦闘集団を壊滅させたのである。司令部の発表によると、推定死者数は軍団で約1万人、騒乱集団で約100万人であった。軍の投入によって表面的には事態は沈静化したが、社会底辺層との緊張関係は解消されず、地下に潜った活動家による非合法活動が頻発し、小さないざこざや警官殺傷事件は跡を絶たなかった。しかし騒乱と言えるほどのものは起こらなくなったのである。夏も終わりに近づき猛暑がひいて行くにつれて、激しかった感情のうねりも静まり、人々は平凡な日々の生活に戻っていった。

「サマー・ウオー」と呼ばれるこの騒乱以降優生政策は順調に進み、遺伝子検査法に基づく欠陥遺伝子の除去及び優良遺伝子の挿入、不適格者に対する断種及び強制不妊処置は社会の常識となった。
政府は国民の遺伝子管理を徹底するため、住所、氏名、年齢、性別、血液型などのデータと遺伝子セットの記号列を組み合わせた個人識別番号制度、いわゆる国民総背番号制を議会に提出した。野党はプライバシーの侵害及び国家統制の強化につながるとして一斉に反対したが、圧倒的多数を擁する連立政府与党は審議不十分のまま強行採決に踏み切り、怒号の飛び交う大混乱のうちに議会を通過させたのである。

総背番号制の施行以後、人は出生と同時に遺伝子検査に基づく識別番号が付与され、国務省の国民データバンクに登録されるようになった。識別番号は義務教育を受ける年齢になったときの入学手続きを始め、就職、結婚、買い物、医療、各種の届け出文書、葬儀等々、生活のあらゆる面で使われるようになり、次第に社会に定着していった。それに伴い識別番号の後半部にある遺伝子セットの記号列が、人間の価値を決める指標として用いられるようになった。例えば学校では遺伝子セットの類似度に基づくクラス分けが行われ、企業は雇用及び配属基準に遺伝子セットの等級を組み込み、適齢期の男女は相手の遺伝子セットを選択ポイントに加えるようになった。

このような風潮は社会の隅々にまで浸透していき、やがて社会は一種の遺伝子カースト社会へと移行していったのである。カーストの最上位は、遺伝子欠陥が皆無で、かつ「ニューロゲン」を始めとするあらゆる現存の優良遺伝子を組み込まれた超一流の科学者、政府要人、超国籍企業の経営者などのいわゆる「パーフェクト人」であり、最下位は遺伝子改良を全く受けていない宗教家、ナチュラリスト、貧困者などのいわゆる「ナチュラル人」である。これらの中間には遺伝子の完全性と優良性の程度に応じて「準パーフェクト」、「ジェンリッチ」、「ジェンプアー」、「準ナチュラル」と呼ばれるカーストがある。

ただし、昔とは違ってカーストは固定されておらず、努力して費用を稼ぎ出し遺伝子セットを改良すれば、個人識別番号の後半部が更新登録され、上位カーストに転移できることになっていた。いわゆるジーンドリームである。そのため、下位カーストの人々は努力せずにだらしなく日々を過ごす人間と見なされて蔑視の対象となったが、現実にはジーンドリームの達成率は100万分の1という極めて低いもので、成功例はマスメディアで大々的に取り上げられるほどであった。

















管理者にだけ表示を許可する


| HOME |


Design by mi104c.
Copyright © 2024 個人出版コミュニティ, All rights reserved.