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SF短編集の原稿第9弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。

「深海生物」・・・・・・・・・・・十合ヒロシ

 無人深海艇は海面下10メートルの厚い氷層の割れ目に下ろされ、1万5千メートルの海底を目指してゆっくりと進んでいった。艇外はライトブルーからダークブルーへと暗度を増していき、やがて暗闇に満たされた沈黙の世界が現出した。探照灯の光芒の中でマリンスノーがしんしんと降り続き、時々発光生物の微かな光が明滅していた。深度1万5千メートルに達した深海艇は、ソナーによる海底の地形測量を行い、データバンクに格納されている地形データと照合して目的地までの進路を算定した。

約1000メートルの水平移動後目的とする熱水噴出孔に到着した深海艇は、加圧室と艇外の圧力を平衡させて外扉を開いた。中からはジュゴンに両手をつけたような奇怪な生物がゆっくりと現れ、軽く尾びれを振りながら熱水噴出孔の方へ悠然と泳いでいった。それは、スノーボールと化した地球での生き残りをかけて、ゲノム変生したサイの肢体であった。

深海艇の加圧室で半睡状態だったサイは未だ頭がぼんやりしていたが、体は鮮明な空腹感に引きずられて食べ物の匂いがする方へひとりでに動いていった。そこは海底から噴出する熱水が周囲の海水と循環しながら入り混じり、暖かく活気に満ちた水域を形成していた。周囲はどこからくるのかぼんやりとした薄明かりに満たされていた。熱水中には各種の塩類、ミネラル等の栄養物が含まれているらしく、それらを食餌するプランクトン、甲殻類、深海魚等がむれ集まっていた。

サイは暖かい水流が体を包むのを感じ、純粋な喜びに満たされながら体と尾びれをしならせてそれらの群の中に突入していった。それらの小動物を何度か飲み込んで空腹が満たされたサイは、熱水噴出孔の廻りをゆっくりと周回しはじめた。

右手前方100メートルの所にある岩礁の陰で何かがチラッと視界をかすめ、注視しているとそれは岩陰を出てサイの方にゆっくりと近づいてきた。全長1メートル位で数本の横縞が入った胴体に卵形の頭部と2本の腕が取り付き、朱色の筋が入った背びれと尾びれをゆっくりと動かしていた。その奇妙な形をサイは何処かで見たような気がしたが、思い出せないまま海底に落ちていた棒状のサンゴの切れ端を掴むと、侵入者を追い払うため縄張の境界に近づいていった。

侵入者は争う意志はなかったらしくサイを見るとすぐに縄張の外に逃れ、紡錘型の目でじっとサイを見つめていた。その目を見返していたサイの脳裏に突然どっと記憶がよみがえってきた。
「そうだ!あれはおれと同じように分子機械で改造された人間の変生体なんだ。と言うことはおれもあれと同じような体になっているんだな」
サンゴの切れ端を掴んだ自分の手を見ながらサイは思った。

やがて侵入者は身を翻してやってきた方向に去っていった。去り際に何か音波のようなものを発したが、サイにはよく聞き取れなかった。サイは反射的に縄張根性を出したことでちょっと後ろめたい気がして、今度また侵入者がやってきたらもっとやさしく対応しようと思った。何と言っても自分と同じ種族なんだし、ひょっとするとイルカみたいに超音波で話ができるかも知れないんだから……。

その前に十分な食糧源を確保する必要があるな……。熱水噴出孔の廻りを海底牧場にしてあの小動物たちを大量に増殖させよう。何からはじめれば良いのか今のところサイにはわからなかったが、生存に直結した目標ができたことでサイの心は深い喜びで満たされていた。

手始めに周囲の状況を調べに行こうと思い立ったサイは、自分がいない間他の変生体に対して自分の縄張を明示しておく必要があると考え、熱水噴出孔から半径約5メートルの円周上に手頃の大きさの石やサンゴを並べた。その中で一番大きな石を時計の12時の位置とみなしてその方向をまず調べることにし、サイは尾びれで水を力強く打って元気よく出発した。

熱水噴出孔から遠ざかるにつれて水は急速に冷たくなり、明るさも減少して暗闇が支配するようになっていった。水温の低下は分厚い表皮を持つ変生体のサイにとって何ら苦痛ではなかったが、暗闇で物が見えないのには困惑した。熱水噴出孔の近くの発光生物を集めて松明を作ることも考えたが、とてもこの暗闇を照らす程にはなりそうになかった。目論見がはずれてがっくりときたサイは目を閉じ、こんな暗闇の世界にも適応できるようにしてくれなかった変生体の設計者を呪った。

そのとき、前方に何か大きな物体が横たわっているのを感じて目を開いたが、先程と同じ暗闇が拡がっているだけであった。再び目を閉じて前方に意識を集中すると、中央付近でふたつに折れてぱっくりと口を開いた長細い箱のような形がぼんやりと識別できた。目で見ていないのに何故形がわかるのか不思議に思ったサイは目を閉じたまま体の向きを色々変えてみた。

すると体の動きにつれて識別できる形が連続的に変化し、前方の物体の全体形状がわかるようになってきた。それは座礁し深海に沈んだままになっている豪華客船であった。そして意識を集中した時体内で何かが振動しているのが感じられ、突然のひらめきとともにサイはそれが超音波ソナーのようなものであることを理解した。

熱水噴出孔に戻ったサイは石とサンゴで作ったサークルの中に入り、沈没客船で見つけた工具備品を詰め込んだバッグを一番大きな石の横に置いた。ほっとして、どっと疲れが溢れてくるのを感じて眼を閉じた。
そのうちにいつのまにか眠り込んでしまったのだろう、サイは夢を見ていた。

熱水噴出孔の周辺一帯は広大な海底牧場になっていて、いろんな形と大きさの魚の群が、赤、黄、青の入り混じった鮮やかな色彩の模様をひらめかせながら遊泳し、海底には大小さまざまな甲羅を持ったカニが這い回り、エビがピンピンと跳びはね、貝類が足を出してゆっくりと動いていた。牧場のあちこちに底の浅い餌箱が置いてあり、サイの子供たちが時々見回っては餌を補給していた。

熱水噴出孔の近くにある円筒型の養殖場では、サイのパートナーが稚魚や小エビの生育状態を調べて餌の量を加減したり、熱水噴出孔からの水流を導く配管の入り口の蓋を開閉することで、養殖場の水温を調節したりしていた。パートナーの朱色の筋が入った背びれと尾びれがゆるやかに揺れているのを見ていたサイは突然の既視感におそわれ、あれはこの熱水噴出孔で最初に出会った変生体なんだと直感した。

サイがじっと見ていたのに気がついたパートナーは、顔をあげてサイの方を見ると片手を左右に大きく振って何か言ったがサイには聞き取れなかった。もう一度言ってくれと叫ぼうとして口がまったく動かないのが分かって愕然とし、何度も何度も口を大きく開けて叫んでいるうちに目が覚めた。

未だ鮮明な夢の名残が残るぼうっとした頭を振ってぼんやりと前方を見ていると、朱色の筋が入った背びれと尾びれを持ったあの変生体が、岩陰からこちらをじっと見て片手を小さく振っているのに気がついた。先程の夢とこの前の出会いと今が三重写しになってサイの頭はジーンとしびれたようになった。あれは正夢だったのか? おれは未来を夢で体験したのだろうか? それとも単なる偶然にすぎないのか?

「共時性」と言う言葉がふっと浮かんで消えた。しかし今のサイにとってそれはどうでもよいことであった。いずれにしても先程の夢は自分にとって喜ばしいものであり、今その夢が指し示す未来への入り口にいるのだとすれば、すすんでその入り口をくぐらない手はないとサイは思った。サイは片手をあげて軽く振ると「やあ、こんにちは」と言った。

体内のどこかで何かが振動するのが感じられ、高周波の波が体から出ていくようであった。
「こんにちは、はじめまして」
思いがけずあいさつが返ってきてちょっと驚いたが、サイはそれが変生体に組み込まれた超音波によるコミュニケーション機能であることをすでに直感的に理解していた。

















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