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 SF短編集の原稿第4弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。

4.リセット・・・・・・・・・・・・・・十合 ヒロシ
 ベッドと呼ぶには平坦過ぎる台の上に男が横たわっていた。彫像のような端正な顔立ち、均整のとれた身体は見惚れる程であるが、なかば開いた締まりのない口、青く剃り上げた頭、しみ一つない白過ぎる肌がそれを帳消しにして見る者に奇妙な違和感を与えた。男の頭には極細の電極がハリネズミのように取り付けられ、その端子から出る無数のワイヤーで白い壁際にずらりと並んだス-パ-コンピュ-タに接続されていた。コンピュ-タ用に調整されたエアコンの空気は冷たく乾いてかすかにオゾンの臭いがした。

「オリジナルデ-タセット完了。ボディ応答正常。ニュ-ロ活性ポテンシャル偏差許容値内。ナノプロセッサ-注入スタンバイ。」
「OK、スタ-ト。」

脳神経網転写プロジェクトのリ-ダ-であるリンは、内心に高まる緊張に逆らって努めて平静な口調で言うとほっと息をぬいた。後は予想外の異常が発生しない限りすべて機械が自動的にやってくれる筈だ。ボディは加速クロ-ニングとナノマシン成形後の検査も完了している。後はナノプロッセサが脳神経網のシナプス活性をオリジナルとマッピングさせれば完成だ。

 20世紀末から徐々に頻度を増していた世界的な異常気象と環境破壊が食料危機の原因とされている。低開発国では餓死者の増大、先進諸国では少子高齢化による生産労働力の低下が深刻な問題になっていた。食料資源の環境改善、バイテクによる食料増産対策も危機を回避することはできなかった。世界各国政府は食料・人口管理局による厳しい統制管理に乗り出し、食料供給は定形加工食品の完全配給制となった。

また、生産労働力の低下対策として、それまで宇宙開発、不妊対応等の特殊用途に限定されていた人間クロ-ンの全面適用に踏み切った。しかし、クローン人間をそのまま社会に迎え入れることは、人口増加による食料危機の加速や同じDNAを持つ人間が複数存在することによる社会システムの不安定化が問題であった。そこでオリジナルとしては、生産能力の低下した高齢者を対象とし、オリジナルとクローンは必ず一対一対応で入れ替えるという苦渋の対策が打ち出された。世界各国で猛烈な反対運動が暴動にまで発展し、警察や軍隊まで出動して鎮圧されるという過程を経て、80才以上の高齢者のニュ-ロン情報パタ-ンを電子化登録する法律が強行採決されたのであるが……。

 食卓には豪勢な料理が所狭しとならべられ、中央にはロウソクで飾り付けられたデコレ-ションケ-キ、その横には好物のワインが置かれていた。そう、今日はタクの殿堂入りの日なのだ。人口管理局は”登録日”と言う味気ない言葉を使っているが……。

「早くおいでよ父さん!」息子のシンが大きく手招きしながら叫んだ。
「あなた、早く始めましょう。」別人のようにやさしい口調で妻のサラが言った。

 二人ともにこにこしてやがる。そりゃそうだろう、いつもは配給の加工食品しか口にしてないんだからな。俺が殿堂入りしたら50才も若い俺のクロ-ンが人口管理局から支給されて、食料配給もグンと増えるんだから。今日は食料管理局から特別支給の最後の晩餐と云うわけだ。タムは腹立ちを抑え皆に合わせてにこにこしながら席につき、最高のご馳走であるトウモロコシの姿焼きにかぶりついた。殿堂入りの日に取り乱して家族に迷惑をかけるようなはしたないまねはしたくなかった。だからといって人生のリセットを可能にする夢の制度だという管理局の説明に心から納得していた訳ではないが……。

 タクは殺風景な登録待機室で社会学者リ-・ウォン著「人類の終焉」を読んでいた。過去に起こった多くの生物絶滅の原因の一つである環境の激変に対応する環境破壊や、近年の安定した平衡社会を指向する風潮、科学や文化における変革の矮小化などの要因が、人類という種の終焉が近いことを示しているというものである。タクは結論が少し強引だが論旨の展開はまあまあだなと考える一方で、数分後に迫った殿堂入りから逃れるすべはないかと無益な考えを追っている自分に気がついて愕然とした。これじゃ信仰を盾に殿堂入りを拒否して完全死させられた狂信者と同じじゃないか。俺はそんなことは……。

「登録室にお入りください。3号カプセルに入り直立のまま待機してください。」
スピ-カ-からと思われる突然の呼びかけにビクッとしながらタクは、省エネ対策の間接照明の中で白々と”3”の文字が浮かぶ真っ黒のカプセルに入った。ドアが自動ロックされ漆黒の闇が訪れると殆ど同時に全身がチクチクし、タクの意識は薄れていった。

「ただいまぁ~。」
若々しい声と共に力強くドアを開けたタクは快活な足取りでリビングル-ムに入っていった。
「お帰りなさい。」と、にこにこしながら出迎えたサラを見ながらタクはふと思った。
サラも年を取ったな、前倒しで殿堂入りさせた方がいいんじゃないかな?それにしても新しい俺を何の戸惑いも見せずに受け入れるなんて……。前の俺は何だったんだろう?あれ!こんな感じは確か前にも体験したような気がするが……。書斎に入ったタクは机上にあった日記帳を見つけてパラパラとめくっていたが、ふと手を止めて読みはじめた。

「新しい俺へ。お前は俺であって俺ではない。何故ならニュ-ロン情報パタ-ンの電子化登録は不完全だからだ。いや、言い直そう。クロ-ンの脳内状態をオリジナルと同じにしたら意味がないのだ。老いたオリジナル脳は神経細胞の累積死滅、シナプス活性の低下、不合理な経験の蓄積によるニュ-ロンネットのもつれ等、いわばポンコツ脳になっているのだから。それでもやはりお前はある意味では俺なのだ。お前と俺の差はほんの僅かだ。コンピュ-タとの類推で云うと脳のハ-ドは異なるがソフトは同じなんだ。」

 タクは日記帳をパタンと閉じた。書体は確かに自分のものだが自分がこれを書いたという実感はなかった。ニュ-ロン情報パタ-ンの電子化が不完全だからなんだろうか?いや、仮に完全だとしても俺は俺であってオリジナルとは違うんだ。そのうちこの世界の人間は殆どすべてクローン人間で占められるだろう。そして遺伝子の多様性も失われ、リ-・ウォンの言う平衡世界に至って人類は消滅して行くのだろう。しかし、それはずっと先のことで俺にはどうしようもないことだ。何が起ころうとも生命体としての人間は死ぬまで日々生きていかなければならないのだ。人類が消滅しても生命は次の生物に受け継がれる。そう、クローンの俺がオリジナルから受け継いでいるように。

「行ってきまぁ~す。」
勢い良く玄関ドアを開けて外に出たタクは、軽快な足取りで最寄りの地下鉄駅目指して歩いていった。今日は素材入荷の日で食品加工部の粗加工課に所属するタクにとって物凄く忙しい日になりそうであった。

















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