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 内田樹・白井聡著「新しい戦前」を読んだ。2023年は戦前ではなく、ほとんど戦中になっている。ウクライナの次のアメリカの代理戦争の場は台湾と日本。岸田大軍拡は、そのシフト、アメリカのために出てきたものと解釈できる。安保関連3文書はアメリカとの綿密な打ち合わせ、調整、擦り合わせのもとに出てきた。台湾有事が米中覇権戦争に発展し、中国が日米同盟を結ぶ日本に核攻撃をしても、アメリカは相互確証破壊に基づき中国に核攻撃できない。

日本政府はその可能性を認めて、今、米軍基地や自衛隊基地に対する大量破壊兵器(核兵器、化学兵器、生物兵器)による攻撃に対する防衛策を進めている。確たる国家意思によるのではなく、思考停止の対米従属でこうなっている。それをこの社会はどう認識しているのか。ほとんど無批判に大軍拡が進んでいる。まさに生ける屍、すでに死んでいるというのが2023年の日本の光景である。

「戦争ができる国」への安全保障政策の大転換に日本人が無反応なのは、「自分たちは日本の主権者ではない」という無力感の現れだ。メディアも国民も、方向転換はアメリカの指示であり、「ホワイトハウスの意向に迎合する政権が安定政権だ」ということを刷り込まれているからだ。今の日本の政治家には日本の安全保障について自前の戦略を考える能力も意思もない。そのことを日本国民は知っている。与党政治家は自分たちの政権の延命、自分の利権のことしか考えていない。それに比して、アメリカの安全保障戦略は洗練されており、それに従った方が安全じゃないかと思えてくる。

アメリカからの敵国ミサイル発射情報に基づいて、日本が反撃能力=敵基地攻撃能力を使いミサイルを敵国に打ち込んだ場合を想定して、アメリカは梯子を外して「日本が勝手に国際法違反の先制攻撃をしただけで、そんな国を助ける義理はない」と言えるオプションを、安保関連3文書、それに基づく岸田大軍拡を通じて仕込んだのではないか?

日本の先制攻撃に対する敵国の反撃対象は、当然戦力が集中している米軍基地となり、米軍兵士やその家族、関係者を含むアメリカ市民から多数の死傷者が出るということになると、「梯子を外す」という手は使えない。日本が始めた偶発戦争がアメリカに累を及ぼさないようにするには「日本列島から米軍基地を撤収」し、米軍の対中国・北朝鮮の前線をグアム・テニアンのラインまで下げるというプランがオバマの時代にも検討されていた。

在日米軍は何があっても日本にある米軍基地利権を保持し続けたい。兵器産業は日本政府が兵器を山ほど買ってくれるなら、別に在日米軍基地などなくても構わないと思っている。ホワイトハウスはグアム・テニアンの線まで米軍を下げたがっている。つまり日本国内に大型固定基地を維持したいと願っているのは在日米軍だけだが、日米合同委員会を通じて「米軍の意思」を「アメリカの国家意思」であるかのように日本政府に吹き込んでいる。

日本経済の構造や食料自給率と、食糧輸入先の第2位が中国であることに鑑みれば、中国と戦争などできるはずがない。しかし、起こるはずのない戦争が実際に起きたというのが歴史の現実でもある。第一次、第二次大戦もそうだった。

加速主義というアメリカ発の思想がある。もう資本主義は末期で、これから世界はポスト資本主義の社会に入っていくが、民主主義や基本的人権や社会正義といった古めかしい近代主義イデオロギーのせいで、資本主義はむしろ延命している。むしろ資本主義を暴走させて没落を加速し、資本主義の「外部」へ抜け出るべきだという思想である。そのためには、政府は市民的自由に干渉せず、社会福祉や公教育、国民皆保険制度などはなくす。大阪の有権者の中にこの加速主義的傾向が広がっていて、それが維新の政治をドライブしているのではないか?

日本維新の会は典型的な加速主義政党である。加速主義的な政治勢力は「社会的共通資本」を標的にする。大阪維新がまずやったのは、公務員叩き、次に公共交通機関の民営化、医療拠点の統廃合、そして学校の統廃合である。安定性・継続性が命である社会的共通資本を政治的・経済的変化によって激変する複雑系に作り変えた。


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