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斎藤幸平著「ゼロからの資本論」を読んだ。労働者の生活は、非正規に限らず正社員もカツカツ、地球環境も危機的状況であることから、誰もが不安や生きづらさを感じている。生活は豊かなものになるという約束が、21世紀にはもはや果たされなくなりつつある。だから、様々なところで資本主義を「改革」する必要が唱えられるようになっている。

本書は、近年の研究成果も踏まえて「資本論」を全く新しい視点で―"ゼロから"―読み直し、マルクスの思想を21世紀に生かす道を論考し、資本主義ではない別の社会を想像する力を取り戻すことを意図している。「資本論」を読むことで私たちはこの社会の不自由を的確に表現できるようになり、失われた自由を回復するための第一歩になる。

エコロジーと並んで、晩年のマルクスが熱心に研究していたテーマが、資本主義以前の西欧、あるいは当時の非西欧社会にまだ存在していた「共同体」である。これらの原古的共同体は、「持続可能性」と「平等」を両立させることができていた。そこには、資本主義とは全く異なる仕方での人間と自然の物質代謝の営みがあった。

共同体では、「富」が一部の人に偏ったり、奪い合いになったりしないよう、生産規模や個人所有できる財産に強い規制をかけることで、人口や資本、生産や消費の総量が変わらないまま推移する「定常型経済」を実現していた。また、遠方との交易も限定されていたから、自給自足に近い形で「循環型経済」を実現していたから、飛躍的な生産力の増大も、土壌を疲弊させることもなく、自然に必要以上の負荷をかけることもなかった。ところが、資本主義の「囲い込み」と工業化によって、自然の持つ力が壊されていった。

晩年のマルクスは初期の生産力重視の「唯物史観」と決別し、西欧が失った平等や持続可能性をいまだに保持している共同体社会の可能性を高く評価するようになり、コミュニズムの基盤になるとさえ言う。つまり、ロシアの共同体は、資本主義導入による共同体破壊のような外的な強制力なしに、西欧民主主義の果実をうまく取り込みさえすれば、自分たちの力でコミュニズム(=「近代社会が指向している経済制度」)を打ち立てることができると言う。

無限の資本の価値増殖と競争のための技術革新は、「修復不可能な亀裂」を生んでしまう。マルクスは、米欧での資本主義の危機は、資本主義制度の消滅によって終結し、また近代社会が、最も原古的な類型のより高次の形態である集団的な生産および領有へと復帰することによって終結すると言う。

「高次の」共同体社会を実現するために、無限の経済成長や生産力増強は必要ない。これは「脱成長」型経済であり、晩期マルクスのコミュニズム像は、「脱成長コミュニズム」になっていく。これこそが、大国を目指したソ連や中国とは全く違う、ポスト資本主義社会の可能性を切り開く。

マルクスが思い描いていた将来社会は、「コモン(共有財産)の再生」であり、コモン(common)に基づいた社会こそがコミュニズム(communism)である。換言すれば、社会の「富」が「商品」として現れないように、みんなでシェアして、自治管理していく、平等で持続可能な定常型経済社会を晩年のマルクスは構想していた。富をコモンとしてシェアする仕方は、人々が各々の能力に応じて人々に与え、必要に応じて人々から受け取ることができるというものである。

マルクスは、協同組合的生産がコミュニズムの基礎であるとしている。協同組合といっても念頭にあるのは労働者協同組合である。2022年10月に、日本でも「労働者協同組合法」が施行された。その理念は、協同組合においては、構成員の労働者たちは自分たちで出資し、共同経営者となる。それによって、労働者は自分たちで能動的に、民主的な仕方で、生産に関する意思決定を目指す。

資本家たちに雇われて給料をもらうという賃労働のあり方が終わりを告げ、自分たちで主体的、かつ民主的に会社を経営するようになる。協同組合が作るものは、ぜいたく品ではなく、人々が生きていくのに欠かせないような必需品である。労働者協同組合は、労働者の生きがいや地域のニーズを重視し、生産に必要な知識や生産手段、生産物が<コモン>になっていく。さらに、協同組合はソーシャルビジネスや自治体ともつながっていくことで、もっと広いマクロな範囲でアソシエーションを構築していくことができる。

世界初の「労働者自治政府」として歴史に名を残すパリ・コミューンが、2カ月後の1871年5月末に軍隊によって鎮圧されてしまった原因の一つは、パリ・コミューンが孤立していたから。警察の封鎖線が敷かれて、地方とのやり取りが制限されたため、地方の人々は、「新聞の嘘と中傷」を通じてしか、コミューンで行われていた試みを見ることができず、一緒に戦おうとしなかった。

今、世界的に大きな注目を集めているのが、スペイン第二の都市バルセロナの呼びかけで始まった「ミュニシパリズム(地域自治主義)」の国際的ネットワークである。なかでも、2050年までの脱炭素社会実現を目指すアムステルダム市が、コロナ禍のさなかに、オックスフォード大学の経済学者ケイト・ラワースの「ドーナツ経済」という考えを導入することを発表して、話題を呼んだ。これは、ドーナツの内輪(社会的基盤)と外輪(地球の環境的上限)の間に入るような生活を実現することを要請するもの。

ドイツのベルリン州でも、家賃高騰に反対する住民たちが中心となった住民投票が2021年9月行われた。その内容は3000戸以上のアパートを所有する不動産会社に対して、州がその一部を強制的に買い上げ、公営住宅にするという非常に大胆なもので賛成多数となった。民営化や緊縮のような新自由主義的な政策を押し付ける国家や、社会の富を商品化しようとするグローバル企業に対して「恐れることなく」NOを突き付け、全住民のために行動する革新的自治体が生まれている。

近年の経済格差、気候変動、パンデミックと戦争。「資本主義はそろそろ限界かもしれない」と感じている人は、若い世代を中心に確実に増えている。「これからも、これまで通り経済成長と技術革新を続けていけば、いつかはみんなが豊かになる」という"トリクルダウン"の神話は、もはや説得力を失っている。

どんな社会にすればよいのか、今、はっきりした答えはないが、世界では<コモン>の領域を広げていこうとする動きが市民を中心として広がり、国際的な連帯を生み出している。そうした事例に学びながら、それぞれの知を持ち寄って、偏見なしにあらゆる可能性を考え、行動する時である。

資本主義は格差や分断を生み、弱き者たちからさらに奪ってきた。そして市場は貨幣なき者を排除する。だから、商品化の力を弱めて、人々が参加できる民主主義の領域を経済の領域にも広げようとマルクスは言う。それこそがあらゆるものの「商品化(commodification)」から、あらゆるものの「コモン化(commonification)」への大転換に向けた、コミュニズムの闘いである。


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