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 田中拓道著「福祉政治史」を読んだ。本書は、欧米(アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン)と日本の福祉国家形成と変容を100年にわたるタイムスパンのなかで比較し、今後の課題と展望を踏まえることで、今後の日本の選択肢を示唆したものである。

各国で異なる社会階層がヘゲモニーを握り、固有の社会規範を形成するという歴史的遺制のうえに戦後レジーム(雇用・福祉政策の組み合わせ)が構築されていく。第二次世界大戦後のプレトンウッズ体制(IMF = GATT体制)と国内のフォーディズム(大量生産と大量消費を循環させる仕組み)という共通の枠組みの下で、各国が福祉国家を選択していった。

各国の選択は、労使関係、政治制度(政党システムと制度の集権性)、主要な政治勢力の理念という三つに着目することで比較考察できる。本書では、自由主義、保守主義、社会民主主義レジームへの分岐がなぜ、どのように起こったのかを分析し、これらとの比較から日本の戦後レジームの位置づけを探った。日本は、小さな公的福祉、民間企業の企業福祉、低生産部門への保護規制、地方への公共投資、そして強固な男性稼ぎ主型家族を組み合わせたレジームとなった。

プレトンウッズ体制の崩壊とグローバル化、フォーディズムの機能不全という共通の状況において、各国は戦後レジームの再編を行ってきた。グローバル化、ポスト工業化、家族構成の変化は、福祉国家に相反するインパクトを与える。税や社会保険料の引き下げ、福祉(年金・医療支出など)を「縮減」するという圧力と、「新しい社会的リスク」に対応して福祉(若年層支援、家族政策、教育政策など)を「拡大」させる、という圧力である。

本書では、二つの段階に分けて福祉国家再編の政治を分析した。第一は、1990年代までの「経路依存」の段階である。福祉制度の受益者の組織化程度による改革への抵抗力と、政治制度の集権性(拒否権プレイヤーの多寡)による改革の推進力のバランスに依存する。第二は、2000年代以降に「経路依存」を超える改革が行われていく段階である。

第二段階は、政治決定プロセスの集権化による改革(福祉縮減)と、「新しいリスク」にさらされた人々の新支持層への再編やその支援運動が政策決定に参画することによる改革(福祉拡大)の二つのパターンがある。

日本は戦後レジームが80年代まで維持され、90年代に破綻に向かった後も、政治の機能不全により改革が進んでこなかった。今日の日本は、正規労働者と非正規労働者、男性と女性、都市部と地方など、「インサイダー/アウトサイダーの分断」を最も強く抱え込み、少子高齢化と膨大な財政赤字とあわせた三重苦に直面している。

先進国では労働市場の二極化への対応として、貧困・失業層に就労を強制する「ワークフェア」と教育や就労支援を行う「アクティベーション」という分岐が見られる。分岐の要因として、産業構造の違い、政治制度の違いがあげられる。また、「政治的機会構造」としてトップダウン型の改革ではワークフェアがアウトサイダーとの連携による改革ではアクティベーションがとられやすい。

1970年代以降、戦後福祉国家は二つの方向から再編の圧力にさらされていく。一つはグローバル化と産業構造の変化に伴う競争圧力である。もう一つは多様な働き方やライフスタイルを選択し、自己決定できる社会を求める価値観、いわゆる「自由選択」の圧力である。

自由主義レジームのイギリス、保守主義レジームのドイツ、社会民主主義レジームのスウェーデンでは、トップダウン型の政策決定がとられたときに「ワークフェア」型の政策が導入された。一方、保守主義レジームのフランス、社会民主主義レジームのスウェーデンでは、左派政党が「新しいリスク」にさらされた人々を支持層へと組み込んだり、これらの人々を支援する社会運動の政策決定への参加が行われた場合に、「自由選択」型の政策がとられた。

日本の問題点は、他国に比べて水準の低い公的福祉が維持されたまま、「インサイダー/アウトサイダーの分断」が顕在化し、それへの実質的な対応が進んでこなかったという点にある。1990年代から試みられてきた「政治改革」とは、政界内部の権力獲得を巡る競争と結びつくにとどまっていた。従来のレジームをどう再編するのかという大きなビジョンをめぐる競争は、今日に至るまで根付いていない。

改革が進む条件を「古いリスク」と「新しいリスク」への対応に分けて考察する。
(1)古いリスクへの対応
 高齢化に伴う「古いリスク」への支出(医療、年金)と「新しいリスク」への支出(若年層・女性への支援)とのあいだには競合関係が生まれやすい。年金改革に絞ると、①職域ごとの制度の格差をなくし所得比例を強めることで、負担と給付の対応を明確化すること。②満額拠出期間の延長、給付開始年齢の引き上げなどを通じて、給付の伸びを抑制すること。③公的年金を補う積立式の個人年金、企業年金を導入すること。④給付が最低生活水準に満たず、個人年金に加入する余裕もない高齢者に対しては、税などを財源とする最低保証年金を導入すること。

(2)新しいリスクへの対応
 第一は、「ワークフェア」型の政策を推進する、という方向である。具体的には以下のような改革があげられる。正規・非正規の格差に関しては、労働市場を流動化(解雇規制の緩和、賃金の柔軟化など)し、雇用の場を拡大させる。生活保護・失業給付などの受動的な給付を減らし、代わりに職業訓練や就労活動を義務とする給付を導入する。公的教育や積極的労働市場政策への支出を増やすのではなく、民間教育機関の参入を促す。育児手当・育児休暇などの現金給付を最小限にとどめ、女性の就労で所得が有利になる制度を導入する。育児・介護ケアや教育の公的・民間サービス競合による消費者の「選択の自由」を広げる。

第二は、「自由選択」型の改革を推進するという方向である。具体的な改革として以下のようなものがあげられる。正規・非正規の格差に関しては、処遇・賃金の同一原則を定め、労働時間の柔軟化や選択制(労働時間貯蓄制度など)を進める。生活保護・失業給付を減らし、給付付税額控除など就労インセンティブを組み込んだ給付を増やす。同時に積極的労働市場政策や生涯教育を手厚くする。民間非営利団体と協力し、民間企業にとどまらない多様な包摂と支援の場を提供する。公的保育サービス、非営利団体、保育ママ、民間サービスの選択機会を提供し、選択に合わせたきめ細かな財政支援を行うなどである。

どちらの改革を選択するにせよ、強力な政治的正当性に裏付けされなければ実行は困難である。今日の日本は、どのような社会を目指すのか、様々なしがらみや個別利害を超えた大きな将来ビジョンの選択を必要としている。一人一人に対して将来の選択肢を提示するためには、ワークフェアを掲げてトップダウン型の意思決定を取る政党と、自由選択を掲げてアウトサイダーへの支持層拡大を進める政党を中心とした新しい政党の競争空間が構築されることが望ましい。政治の側がこうした条件を満たせるかどうか。そして一人一人がこうした条件に従って政治のあり方を厳しくチェックできるかどうか。これらの要件が、日本社会の将来を規定していくことになると考えられる。


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