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 早川誠著「代表制という思想」を読んだ。本書は、民意を反映していないとして批判が強まっている代表民主制に対して、政治体の大規模化により仕方なく直接民主制に代わって導入された必要悪ではなく、代表と市民という二重の主体を用意することによって、民意の多様性に対応しようとする独自の意義を有する政治制度であることを、代表概念をめぐる論争や、直接民主制を原モデルとする首相公選制と熟議民主主義の問題点を通じて主張している。

代表の特徴とは、代表する者が代表される者の意見を忠実に再現するという側面と、代表する者が代表される者の意見に束縛されず一定の見解と行動の自由を有するという側面の、二つの矛盾する要素が同時に存在するところにある。代表制は民意を受け取りながらも、その多様性に注意しつつ議論を行い、さらに民意の流動性を踏まえてつねに直接民主制的な政治行動と連絡を取り合いながら政治を進めるという形をとる。

公選制は政治家個人の資質や技量に多くを負う制度で、公選首相の選出は政策の善悪というよりも、リーダーの提供する物語の魅力に左右されるところが大きい。その効果が最も際立つのは、政策論争においてではなく、他政治家の資質に対する批判の局面においてである。そうした状況が消失したとき公選首相の魅力も低下し、政策的な対立が表面化し解消されないことになる。

熟議民主主義の難点は、民意の問い直しを行う主体がそのまま民意の主体でもあるという点にある。あらかじめ持っている民意と、問い直される民意との間にある距離は、制度的に確保されているものではなく、市民や有権者の自覚と努力に依拠している。熟議が成功するためには、有権者の政治教育や政治体験の積み重ねも重要になる。

代表制は、代表と市民という二重の主体を用意することによって、民意の多様性に対応しようとする。市民は、民意の主体ではあるが、まとまった全体的な政策体系をあらかじめ持っているわけではない。代表は、民意の主体たる市民の選好を受け取り、それを明確な政策体系にまとめ上げようとする。
このような代表制の機能は、直接的には民意を反映しない。代表による議会での討議と市民の討議という二重の討議を通じて両者の相互作用のなかで丁寧に民意を形成していくというのが代表制の基本である。


本書の理論は理解できるが、現実の代表制政治を見る限り、この理論どおりにはなっていない。代表と市民のどちらも討議といえるようなものは行われていない。議会では多数政党の代表による専制政治が行われ、市民は討議もなく選挙で投票に行くのがせいぜいで、丁寧な民意形成など望むべくもない。
やはり制度ではなくそれを運用する人間の資質が問題なのだ。権力保持を最優先とする代表や無知無思考な市民では、どんな制度を持ってきても、様々な民意を練り上げて適切な政策を生み出すことはできないだろう。

 三谷太一郎著「日本の近代とは何であったか」を読んだ。本書は、日本近代において国民国家を成り立たせる政治的求心力の形成が誰によって、なぜ、そしていかに行われたかに注目している。日本近代の特質は、1「議論による統治」としての議会制とその下での政党政治の成立、2自律的な経済的枠組みとしての資本主義の形成、3外延的拡大の結果としての帝国的枠組みの形成、4政治的枠組みであるのみならずそれ以上に精神的枠組みである天皇制の形成の4つである。私はその中で最も注目すべきは天皇制の形成であると考える。

日本は当時のヨーロッパ先進国をモデルとして、近代の歴史形成に着手した。しかし、それに到達する過程や方法は不明であり、ヨーロッパ化のモデルはなかった。日本のヨーロッパ化の先導者たちは、歴史的実体としてのヨーロッパを導入可能な諸機能の体系(システム)とみなし、制度や技術、機械その他の商品を通して、ヨーロッパ先進国が備えてた個々の機能を導入し、それを日本において作動させることによって日本のヨーロッパ化を図ろうとした。

明治国家形成にあたった政治指導者たちは、ヨーロッパにおいて様々な諸機能を統合する機能を担っているものを宗教=キリスト教に見出した。伊藤博文は1888年5月、枢密院における憲法案の審議の開始にあたって、憲法制定の大前提は「我国の機軸」を確定することにあり、ヨーロッパでキリスト教が果たしている「国家の機軸」としての機能を日本で果たしうるものを探し求めた。

伊藤は、仏教を含めて既存の日本の宗教の中にはヨーロッパにおけるキリスト教の機能を果たしうるものを見出すことはできず、神格化された天皇に「国家の機軸」を求めた。天皇制はヨーロッパにおけるキリスト教の「機能的等価物」とみなされた。その結果、天皇制はヨーロッパにおける立憲君主制以上の過重な負担を負わされることになった。つまり、天皇制は「聖職者」と「王」が一体化していた。

大日本帝国憲法上の天皇は定義上「立憲君主」であり、伊藤らが予定していた天皇の超立憲君主的性格を明確になしえていなかった。第三条の天皇の「神聖不可侵性」は天皇の非行動性を前提とし、法解釈上は天皇は神聖である、故に行動しない、故に政治的法律的責任を負わない、という以上の積極的意味をもたなかった。つまり、第一条に規定する統治の主体としての天皇と、第三条の天皇の「神聖不可侵性」とは、法理論的には成立しなかった。そこで憲法ではなく、憲法外で「神聖不可侵性」を体現する天皇の超立憲君主的性格を積極的に明示したのが「教育勅語」だった。

「教育勅語」の起草者は法制局長官の井上毅と侍講の元田永孚で、道徳の本源が「皇祖皇宗」に求められた結果、道徳は「皇祖皇宗」の「遺訓」として意味づけられる。そして現実の天皇は、いわば「先王の道」の祖述者の位置づけを与えられる。井上は、立憲主義との関係において教育勅語を天皇の政治上の命令と区別し、社会に対する天皇の著作の公表とみなした。しかし、憲法と教育勅語の矛盾、それと不可分の「政体」と「国体」との相克は日本の近代の恒常的な不安定要因であった。

 クリストフ・ニック著「死のテレビ実験」を読んだ。本書は、副題に”人はそこまで服従するのか”とあるように、人はいかにやすやすと権威に服従するかを、テレビ実験を通じて解明している。その実験とは、かつてアメリカの社会心理学者スタンレー・ミルグラムが実施した著名な実験(通称、アイヒマン実験)のテレビへの応用である。

ミルグラムは科学実験という<権威>のもとで、被験者が見ず知らずの相手に電気ショックを与える場を設定した。結果は、多くの被験者は相手が死んでもおかしくない最強の450ボルトまでスイッチを押し続けた。

本書は、<権威>を「科学実験」から「テレビのクイズ番組」に置き換え、架空のクイズ番組「危険地帯」のパイロット版を作るという名目で、一般参加者80人を出題者として募集し、解答者(実は俳優)が間違えたら、最高で460ボルトまで電気ショックを与えるよう命令した。50年前のミルグラムの実験では、<権威>に服従して最後まで電気を流した被験者は60%強だったのに対して、テレビを<権威>として行ったこの実験では、81%の人々が最後までクイズを続け、致死量の電気ショックを与えた。

本書のメッセージは「テレビが大きな権力を持っていて、近い将来その力を乱用する可能性が十分にありうる」ということである。本書は2011年に発行されたものであるが、2019年現在の日本では可能性ではなくすでに現実化している。民衆のほぼ半数は、官製メディアのNHKや読売新聞、産経新聞、政府の圧力に屈し忖度番組を垂れ流す民放テレビなどの<権威>に服従し、強圧的で無能な独裁政権を支持し続けている。

本書ではフランス2で放映された「死のテレビ実験」の模様を実録的に伝えると同時に、被験者の心理状態や服従のメカニズムについて、より深い分析や解説を行っている。その結果、テレビの権力についてだけでなく、私たちの社会がどうなっていくのかについても考察を広げている。

著者の一言、人は自分で思っているほど強くはない。「自分は自由意志で行動していて、やすやす権威に従ったりしない」、そう思い込んでいればいるほど、私たちは権威に操られやすく、服従しやすい存在になる。


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