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 辺見庸著「完全版 1★9★3★7」を読んだ。本書は「凶兆」ばかりがまざまざと目につく現在、「未来はかってなく巨きな危機に瀕している」という衆人のいつわらざる予感と同様、これほど「希望絶無」の状況はなかったと感じる著者が、1937年の南京大虐殺を核とする歴史的過去を偏執的に追及することで、現在の酸鼻を極める風景の祖型は1937年にあったという確信に至った魂の叫びを表わしたものである。

解説者の徐京植によれば、この作品は、戦争、虐殺、差別などについての事実認識を読者に求めているのではない。「事実」というなら、それは改めて言い立てるまでもなく明からだからだ。問題なのは「事実」の有無ではなく、明々白々な事実の前に立たされながら、それに背を向け「スルー」することのできる心性である。

安倍首相は東京オリンピック招致演説で、福島原発事故は完全に「アンダーコントロール」であると、あまりにも厚顔無恥な虚言を弄したが、大多数の人々が虚言を虚言と知りながら歓迎し喝采した。日清、日露戦争、満州事変、日中戦争、太平洋戦争当時から、おそらく人々はこうであったのだろう。ダマされたのではなく、それを自ら望んだのだ。自己の利害や保身のために、多かれ少なかれ国家や軍部と共犯関係(辺見のいう黙契)を結んだのである。

 吉次公介著「日米安保体制史」を読んだ。本書は、安保体制を内在的に批判する視点に立ち、現在までを射程に収めた安保体制の通史である。安保体制の歴史的な経緯については特に目新しい記述はないが、2015年4月訪米時の安倍発言「安保体制は希望の同盟」に対する六つの批判は注目に値する。

1.15ガイドラインや安保関連法に関する国民的合意が不充分である。集団的自衛権行使や地理的制約のない自衛隊の米軍後方支援は、米国の世界戦略への日本の関与を深め、安保条約の枠組みが大変化することになるが、政府の明確な説明はない。国民的合意のないままで犠牲者が出た場合、国民の不満が高まり安保体制に対する信頼が揺らぐ。

2.米国が誤った戦争を起こした場合、日本がどう対処するかについての議論が深まっていない。これまでの歴史を見れば日本政府が米国の不当な要求を退けるよりもむしろ無批判に追従する可能性が高い。

3.安保体制の強化が国際緊張を高め、安全保障のジレンマにつながる恐れがある。抑止力は国家間の諸問題を解決するものではなく、結局は対話と妥協が必要となる。

4.米国との情報共有を強化するために2013年に制定された特定秘密保護法で安保体制の「不透明性」が高まった。政府は安保関連法と特定秘密保護法を一体運用する方針であり、集団的自衛権を行使する根拠が国民に示されない可能性がある。「不透明性」は安保体制に対する国民の支持を低下させるリスク要因である。

5.国際貢献と安保体制の強化が混然一体となっている。両者を峻別しなければ、国民が国際貢献に対して「対米追従」との不満を抱き、安保体制に不信感を持つ。

6.深刻な沖縄米軍基地問題がある。地位協定の改正に向けた動きはなく、「不平等性」の抜本的な是正への道筋は見えないままである。東アジアの緊張、日本におけるナショナリズムの高まり、普天間移設問題の迷走で本土と沖縄の分断が進み、「危険性除去」という原点の共有さえ難しくなっている。
この問題を置き去りにしたまま、安保体制の「グローバル化」と「対称性」の追及に腐心することが、果たして日米関係の発展につながるのか。今一度問い直されるべきだろう。


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