渡辺治 外3著
「〈大国〉への執念 安倍政権と日本の危機」
を読みました。本書は、安倍政権の権力構造とその担い手、およびその国家改革・社会改革の目標とそのための諸施策の全体像を解明し、同時にそれらがどのような矛盾と困難を人々にもたらすのか、彼らの描く「絵」はどのような矛盾を内包しているのかを明らかにしています。歴代の保守政権の中でも特異で危険な安倍政権の全体像を的確にあぶりだしており、安倍の暴走を阻止するためにも繰り返し熟読すべき本です。
5 グローバル競争大国化と教育改革(3)
安倍の思いがどこにあろうと、安倍政権にとって教育改革の最大の狙いが、グローバル競争大国の担い手としての人材育成にあることは間違いない。その第一の焦点が大学改革である。再生実行会議は、大学改革を「日本産業再興プラン」の柱の一つとして提起した。そこでは、グローバル化による世界トップレベルの教育、理工系人材育成戦略、優秀な人材確保のための年俸制、教授会の形骸化、国立大学運営費交付金の重点配分が打ち出された。
グローバル人材養成の第二の焦点は、幼児教育から初等中等教育全体にわたる学制改革である。再生実行会議の提言の第一は、幼児教育の充実、無償化、将来の義務教育化である。幼児段階からの子供のふるい分け、早期格差教育である。第二が、小中一貫校の制度化により、六―三―三の区切りの多様化を検討することだ。この段階で思い切った格差化を進め、エリート養成用に資金の重点配分を可能とする制度を導入しようとするものだ。
教育改革の第二の狙いは、新自由主義による社会の解体、子供たちの危機に、新保守主義的に対処しようという方策である。この面でも安倍は極めて精力的であった。再生実行会議は、第一次提言「いじめ問題等への対応について」で規範意識を育む道徳教育の充実を強調した。そして、道徳教育の「新たな枠組みによる教科化」を打ち出した。
安倍政権は、再生実行会議で、いじめに引っ掛けて長年の課題である道徳教育教科化を盛り込んだのである。この提言を受けて文科省は、省内に「道徳教育の充実に関する懇談会」を設け、道徳教育の特別教科化を打ち出した。
安倍首相の重視する国民意識強化を目指した教育改革の進め方は、ほかの改革と大きく異なる方法で進められている。まず、この領域では、教科書問題の社会問題化が先行するやり方がとられている。今回は教育委員会を使っての問題化から始まった。まず東京都教育委員会が、実教出版の「高校日本史A」と「高校日本史B」の国旗国歌法制定に関する記述に問題があり、「使用することは適切でない」としたのである。都教委に続いて大阪府でも同様の問題が起こり、さらに神奈川県でも校長会終了後、使用教科書を実教の教科書以外のものに変更するよう「依頼」されるという事態が起こった。
これと並行して、自民党は「教科書検定の在り方特別部会」をつくり、東京書籍、実教出版、教育出版の社長を呼び出し、萩生田主査のもと45人の自民党議員が出席して、三社の南京事件、「従軍慰安婦」、さらには竹島、原発再稼働に至るまで社長らを吊し上げた。これは、タカ派議員の問題作りの常套手段であった。
そのうえで特別部会は、「議論の中間とりまとめ」を出し、教科書検定基準の「改善」、検定申請手続きの改善、採択手順の改善を求めた。
こうした「問題」化を引き受ける形で、文科相は、教科用図書検定調査審議会に教科書検定手続き、検定基準、採択制の問題点を改善するよう諮問した。審議会は検定基準の改定案を採択し、これに基づいて検定基準改正が行われたのである。新設基準は以下の二つであった。
「(3)近現代の歴史的事象のうち、通説的な見解がない数字などの事項について記述する場合には、通説的な見解がないことが明示されているとともに、児童又は生徒が誤解する恐れのある表現がないこと。
(4)閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解または最高裁判所の判例が存在する場合には、それらに基づいた記述がなされていること」。