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 V.S.ラマチャンドラン著「脳のなかの天使」を読みました。認知神経科学の研究を通じて得られた知見に基づき、知覚、心身相関、意識、および芸術、言語、メタファー、創造性、自己認識、宗教的感受性などの人間特有の心的能力を、脳の神経構造・機能と結びつけて説明しています。アプローチは、脳のさまざまな部位の損傷や遺伝的変異によって、心や行動に奇妙な影響が生じている患者を研究するという方法です。前著「脳のなかの幽霊」と症例が一部重なる部分がありますが、最近の新しい研究成果を取り入れて、脳と心と体の結びつきを解きほぐしています。

 新しい知見としてはミラーニューロン・システムと人間特有の心的能力の関係があります。ミラーニューロンとは、私たちが互いの視点を採用し、互いに共感し合う能力の中核をなす細胞で、人間のミラーニューロンは、下位の霊長類のそれをはるかに凌ぐ高度なレベルに達しており、人間が本格的な文化を達成した進化上の鍵であるらしい。自閉症の根底にミラーニューロン・システムの問題がある。また、言語の誕生にもミラーニューロンが関与している。その他、美に関する人間のユニークな感性を支える美の法則、精神医学と神経学の中間領域を占める注目すべきシンドロームに基づく自己認識の本質について、ユニークな仮説を提示している。

 ジェイン・ロジャーズ著「世界を変える日に」を読みました。バイオテロのため母体死亡症候群(MDS)と呼ばれる疫病が蔓延し、世界中の人間がこのウィルスに感染している。そのため妊娠した女性は早ければ僅か数日で死亡する。従って赤ん坊は生まれてこず、数十年後には人類は滅亡することになる。治療法を含めて対策を模索する中で、16歳以下の少女をMDSの影響を抑えるために薬で昏睡状態にし、MDS以前の凍結胚にワクチン接種して子宮に移植することで、少女は死亡するがMDSにかかっていない赤ん坊を生み出す方法が提案され、命懸けで志願する少女が現れてきます。

 主人公の少女ジェシーもその一人で、当初は無関心でしたが親友や家族の悲劇、社会を変えようとする同年代のグループの活動などを体験するうちに、自分はいまの世界の状況を変えられるはずという確信を抱くようになり、志願を決断します。父親はジェシーを拘束して実行を阻止しようとしますが、ジェシーの決意は揺るがず、策をめぐらせて拘束室から脱出します。若い世代につけをまわして現在をしのいでいる日本社会に重なります。

 子供が生まれなくなるという設定は、SFでは特に目新しいものではないし、その対応策もSF的なセンスオブワンダーを感じさせるものではなく、決断に至る少女の精神的成長に重点が置かれた純文学的な要素が多い作品です。これがなぜアーサー・C・クラーク賞を受賞するのか、よくわかりません。

 オルダス・ハックスリー著「すばらしい新世界」を読みました。80年も前に現在および未来のバイテク社会を予感しているのはすごいです。戦争による旧世界崩壊後の新世界では、人間は国家管理下のオートメ化された人工授精、生育、教育一貫施設で生まれ、その階級ごとの人数は国家によって調整されるのです。生まれる人間の階級は、受精卵の生育環境の差別化によって、人数は、一つの受精卵から任意の数の胎児を生成するクローン技術によって調整されます。従って、家族というものは存在しません。また、生誕後は条件反射と睡眠教育によって、その階級に適した精神と感情を植え付けられ、いかなる不安や不満も感じない満足しきった幸福な生活を送ります。万一それが阻害される場合でも、ソーマと呼ばれる副作用のない常備薬を飲むだけで、たちまち幸福な陶酔感に満たされます。

 国家は安定した社会を至上とする独裁者によって運営されており、稀に体制内反逆者が現れても、非文明地域の島に追放されるだけで、文明社会の体制は微塵も揺るぐことはないのです。また、偶然に未開地域から連れてこられた野蛮人が、旧世界の価値観に基づいてこの全体主義社会に激しく反抗するが、それさえもこの国の市民にとってはちょっと変わった面白いショーに過ぎず、見物に押しかけてくる群衆に絶望した野蛮人は自殺してしまいます。

 救いのないディストピアという点では「1984年」と同様ですが、授精―生育という生物学的過程を制御することで、人間性を否定する全体主義国家に都合の良い人間だけを生み出すというところがユニークです。最近、遺伝子操作によって望ましい形質の子供「デザインベイビー」を生み出すことが現実化しつつあり、国家主義的な権力者がこの技術を拡大利用すれば、本書で描かれた世界が現実のものになる可能性はあると思います。


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