オルダス・ハックスリー著
「すばらしい新世界」
を読みました。80年も前に現在および未来のバイテク社会を予感しているのはすごいです。戦争による旧世界崩壊後の新世界では、人間は国家管理下のオートメ化された人工授精、生育、教育一貫施設で生まれ、その階級ごとの人数は国家によって調整されるのです。生まれる人間の階級は、受精卵の生育環境の差別化によって、人数は、一つの受精卵から任意の数の胎児を生成するクローン技術によって調整されます。従って、家族というものは存在しません。また、生誕後は条件反射と睡眠教育によって、その階級に適した精神と感情を植え付けられ、いかなる不安や不満も感じない満足しきった幸福な生活を送ります。万一それが阻害される場合でも、ソーマと呼ばれる副作用のない常備薬を飲むだけで、たちまち幸福な陶酔感に満たされます。
国家は安定した社会を至上とする独裁者によって運営されており、稀に体制内反逆者が現れても、非文明地域の島に追放されるだけで、文明社会の体制は微塵も揺るぐことはないのです。また、偶然に未開地域から連れてこられた野蛮人が、旧世界の価値観に基づいてこの全体主義社会に激しく反抗するが、それさえもこの国の市民にとってはちょっと変わった面白いショーに過ぎず、見物に押しかけてくる群衆に絶望した野蛮人は自殺してしまいます。
救いのないディストピアという点では「1984年」と同様ですが、授精―生育という生物学的過程を制御することで、人間性を否定する全体主義国家に都合の良い人間だけを生み出すというところがユニークです。最近、遺伝子操作によって望ましい形質の子供「デザインベイビー」を生み出すことが現実化しつつあり、国家主義的な権力者がこの技術を拡大利用すれば、本書で描かれた世界が現実のものになる可能性はあると思います。