“Kindle本”自費出版「Kindleダイレクト・パブリッシング」日本版スタート
 Kindle用電子書籍を販売する「Kindleストア」日本版のオープンに合わせて10月25日、作家や出版社がKindle向け電子書籍を自費出版できる「Kindleダイレクト・パブリッシング」の日本版が、Amazon.co.jpでスタートした。世界のKindleストアに電子書籍を販売でき、基本的に、売り上げの35%が受け取れる。

 Amazon.co.jpのアカウントでログインし、会社(出版社)情報、ロイヤリティ支払い先の銀行口座などを登録すれば、自費出版が可能。出版したい本のタイトル、表紙画像、価格(円、米ドル、ポンド、ユーロで設定可能)、DRMの有無、販売地域などを設定し、電子書籍データをアップロードすると、Kindleのフォーマットに変換し、Kindleストアで販売できる。ファイルはHTML/ePub/XMDF形式に対応。Wordファイルも試験的にサポートしている。

 出版は無料。書籍が売れると、ロイヤリティとして売り上げの35%を受け取ることができる。ロイヤリティを70%に設定することも可能。その場合は販売地域が限定されたり、ファイルサイズごとに設定された「通信コスト」が売り上げから控除されるといった条件が付く。

 マイケル・サンデル著「それをお金で買いますか 市場主義の限界」を読みました。あらゆる物が商品化され、金で取引される市場社会の問題を、行列割り込み、インセンティブ、生死市場、命名権などの具体的事例について考察することで、不平等と腐敗にかかわる倫理問題として提起しています。

不平等は、物品だけでなく政治的影響力、すぐれた医療、安全な地域に住む機会、一流校への入学など、価値あるものがすべて売買の対象になることで、より一層厳しいものになる。腐敗は、生きていく上で大切なものに値段を付けることにより、それが腐敗してしまう恐れがあるということ。例えば子供の読書に金を払うと、読書は心の満足ではなく面倒な仕事だと教えることになる。新入生となる権利を最高入札者に売れば、収益は増えるが大学の権威と入学の名誉は損なわれる。

行列割り込みには、空港の手荷物検査やテーマパークにできる長い行列に金を出せば割り込める「ファストトラック」サービス、利用料金を払えばラッシュアワー時の数珠繋ぎの車列から流れの速い高速車線にはいれる「レクサスレーン」サービス、劇場のチケット購入や議会公聴会の席を取るための行列代行サービス、会員となり高額の年会費を払えば待ち時間のない診察が受けられる「コンシェルジュ診療」サービスなどがある。

インセンティブとは誘因を意味し、薬物中毒の女性に対する避妊手術の補償金、共通テストで好成績を収めた生徒に学校が金を払う、健康管理に金を払う、移民権の販売、金を払ってクロサイなどの絶滅危惧種を狩るなどの金銭的インセンティブがある。生死市場としては、企業が従業員保険をかける「会社所有型生命保険」、生命保険買い取り産業、有名人の死を予想して賭ける死亡賭博、テロの先物市場、様々な病気の患者の保険証券をパッケージ化して債権にした商品などがある。命名権としては、各種プロスポーツのスタジアムと競技場、公共施設への命名権販売、富裕階級や特権階級用の豪華なスカイボックス、日常生活空間や公共施設への広告媒体の浸透などがある。

市場主義の限界とは、大切にすべき非市場的価値が、市場的価値に押しのけられてしまうことにあるということです。市場で売買してよいものは、それを商品として、利益を得る道具、使うための道具として扱うのが妥当と判断できるものに限られるということです。例えば奴隷制が許されないのは、人間を商品扱いし、競りの対象とするからです。

日常生活の隅々にまで市場が浸透しているアメリカ社会は病的とも言えますが、アメリカに限らず世界中の資本主義社会がそうなるのも時間の問題でしょう。

 川本兼著「日本生まれの正義論」を読みました。副題が「サンデル正義論に欠けているもの」となっています。即ち、サンデル正義論は、日本国民があまりにも深刻な戦争体験を通じて得た戦争と平和に対する感覚を生かした正義論になっていないという指摘です。戦争と平和の問題をも含んだ正義論には、人権概念の拡大や普遍化、さらには人間の尊厳の普遍化の視点が必要だが、サンデル正義論にはそれが欠けている。それは戦勝体験しかないアメリカの社会状況を背景にした正義論でしかないからということです。

 日本国民の戦後の感覚とは、「戦争の不在」にとどまらず「戦争そのもの」を否定し、さらに「戦争ができる国家」をも否定した平和の価値観であり、交戦権を否認し戦力不保持を謳う「平和憲法」を歓迎したことに端的に示されているということです。しかし、戦後の感覚は、それを実現するための言葉=普遍的原理を持たなかったため、戦争体験の風化作用が進行し、戦前の日本への回帰を思わせるような方向へと歩んでいます。

 人間の尊厳は、最終的には政治や法の世界で保証されない限り保証されない。政治や法の世界で人間の尊厳を表す言葉は基本的人権であり、人権概念は「戦争そのもの」「戦争ができる国家」を否定できる程度に、さらに人間の尊厳が人間生活のあらゆる領域およびあらゆる人間関係の中で侵されなくなる程度にまで普遍化されなければならない。

 社会主義と護憲を主張する革新勢力は、ソ連の崩壊と戦争体験の風化作用により衰退し、それが日本における逆方向への豹変をもたらし、そのことが革新勢力の衰退を招く。日本人は権威の所在とその変化に敏感で、新たな権威が生まれるとその方向へと豹変し、新たな権威が生まれていない状態で現在の権威が失われると、それ以前にあった権威の方向へと「逆戻りの豹変」をするという危険な特性を有する。

 以上の考察から著者は、新しい革新勢力を結集して日本国民の戦後の「感覚」から生まれた思想を広めなくてはならず、新革新勢力の中心は、権威主義を克服した護憲論者であり、いつかは独自の政党を結成しなくてはならないと主張しています。そして、著者の論考に基づく現時点での「日本国憲法改正私案」を提示しています。

ただ、社会的な実現手段を、現在の間接民主制の枠内にある政党結成や選挙に求めており、新味に乏しく実現しても新しく政党が一つ増えるだけで、国民の声が本当に反映されるようになるとは思えません。数年に一回の選挙で投票するだけでは、国民の意志が政治に反映されるという実感がありません。


| HOME |


Design by mi104c.
Copyright © 2012 個人出版コミュニティ, All rights reserved.