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  ニコラス・ハンフリー著「ソウルダスト」は、前作「赤を見る」を出発点とし、神経科学と進化論および哲学の知見を駆使して、意識の本質についての独創的な理論を提唱したものです。それは、意識は実在のものではなく、自分を対象とする自作のマジックショーであるというものです。感覚刺激に対する自分の反応をモニターする仕組みの発生を想定し、既存の感覚フィードバック・ループを微調整することで、マジックショーが成立するということです。

 意識が生まれ、進化してきたのは、その持ち主が生存上優位に立てたからで、その優位性とは、何かを行う能力を高めることではなく、その持ち主の一生を、いっそう生き甲斐のあるものにすることにあるということです。つまり、意識の存在理由は、人間は現象的意識を持つことを満喫する(第一のレベル)、自分が現象的意識を持って生きている世界を愛する(第二のレベル)、現象的意識を持っている自己を尊ぶ(第三のレベル)ということにある。私たちは感覚を外界に投影しており、これが現象的感覚のマジックを周りに振りまき、本来無意味で退屈な世界を輝かせるのである。

 意識についての大枠の理論としては説得力がありますが、脳の活動と意識の表象との対応についてはまだまだ不十分であり、神経科学のさらなる発展を待たなければならないようです。終わりの方で魂の不滅を信じることが、意識ある人間の生にとって必要不可欠であると論じていますが、いかにも西欧的な考え方で、それまでの論理的展開とくらべて違和感がありました。

 坂本拓人他2著「ホワイトハウスのキューバ危機」は、マルチエージェントシステムによるキューバ危機のシミュレーション結果をまとめたものです。1962年10月16日~28日の13日間、ソ連がキューバに配備したミサイルを巡る米ソによる核戦争勃発の危機が、最終的に回避された過程をシミュレートしています。

 手法としては、マルチエージェントによる「人工ホワイトハウス」を構築し、実世界での意志決定参加者の討議過程を、討論者エージェントの認知構造がエージェント相互の主張により修正されて、全体として収斂していくことで再現しています。認知構造は、政策の選択肢とそれによりもたらされる価値づけられた帰結との間を、直接・間接の因果想定によって結びつけることによって表しています。各エージェントの認知構造は、実世界での討議過程を記録した「ケネディ・テープ」という歴史資料に基づいています。

 シミュレーションは、実世界での最終的な政策選択「最後通牒アプローチによる海上封鎖」を再現しているが、認知構造におけるパラメータ(他主張への影響力、他主張に対する感度、討議出席率)や認知構造が異なる討議者への一部交代などによって、空爆やキューバ侵攻などの軍事衝突に繋がる恐れがある政策選択がなされる場合があることが示されています。つまり、核戦争回避はかろうじてなされた綱渡り的なものであったということです。

 「歴史を再現したマルチエージェントシミュレータによる未来社会の予測」の実現に役立つのではないかと思ったのですが、極めて限定された歴史事象を対象としているため、歴史的な社会変動の再現と未来予測にそのまま適用することは残念ながら困難です。様々な社会変動要因を組み込んだシミュレーションシステムが必要です。


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