平成21年度日本SF大賞受賞作、伊藤計劃著
「ハーモニー」
を読みました。世界が疫病の蔓延と核爆発によって文明の危機に瀕した反動から、生命の存続を最優先する健康福祉社会が生まれた。生体分子をインストールされたサーバーとつながれた身体は、生理状態を常時モニターされ、健康状態を維持されている。事故か老衰以外では人が死ぬことはないユートピア社会。しかし、なぜか若者の自殺率が年々上昇するという皮相的な現象を押しとどめることができなかった。
この対策として、モニター対象部位を脳神経系にまで拡張するための研究開発が進められ、ついに完成したが、これを適用された人間は、日常生活はもとより高度な知的応答にも問題ないにもかかわらず、意識が消えてしまうのであった。健康福祉社会を支配する生府組織の首脳部は、世界中に拡がる生府組織に所属する人々全員に、拡張システムをインストールしたが、意識が消えることの是非を決断できず、首脳部だけが知る秘密コードで封印したのである。
一方、ある過激派集団は、拡張システムの一部を奪い、これを使って脳神経系に干渉し、6千人を同時に自殺させた。さらに期限までに誰かを殺すか自殺するかどちらかを選ばなければ、世界中の人間を自殺させると脅迫し、首脳部はやむなく秘密コードを入力して拡張システムの封印を解除した。そして、意識のない社会が現出したのである。
これは、ゾンビ社会あるいは蜂や蟻のような社会性昆虫の世界です。個体という単位は消滅し、巣や社会全体が有意な単位となるわけです。個人の苦悩や喜びが初めから無い、あるがままの世界。ある意味これはユートピアなのかも知れませんが、とても好きになれませんね。