ブライアン・グリーン著
「宇宙を織りなすもの」(下)
は、宇宙の基本構成要素と思われる時間と空間について、宇宙論、統一理論、超ひも理論、M理論などを通じてその実像に迫ろうとするものです。上巻はこれまでのおさらいというべきもので、この種の解説本に親しんでいる読者にとっては内容的に特に新規なものはなかったが、下巻は最新の理論と実験観測を駆使して、時空の本質を様々な切り口で興味深く解説しており、一読の価値があると思います。
現代物理学の枠組みの一つである「場」には、電磁力や重力のような力の場、電子の確率波と密接に関係している電子場のような物質の場のほかに、ヒッグス場というものがある。これはビッグバン後、宇宙が膨張して臨界温度以下になり相転移を起こして凝結した相にある現在の宇宙において、全域でゼロではない値になってヒッグスの海を形成していると想定されている。これは場のポテンシャルエネルギの形によって、場のエネルギがゼロでも場の値がゼロでない状態にあることを意味している。物質の質量は運動の変化つまり加速されることに対する抵抗(慣性)を表しており、この慣性を与えているものがヒッグスの海なのである。CERNのLHCでの高エネルギ陽子衝突でヒッグス粒子が検出されれば、ヒッグス場が検証されることになる。
過冷却ヒッグス場は負の圧力による斥力的重力を生み出す。遠い昔、宇宙が超高密度だったとき、宇宙のエネルギはポテンシャルエネルギ・ボウルの最低点から遠く離れた高台に乗ったヒッグス場(インフラトン場)によって担われていた。インフラトン場は負の圧力をもつため、強大な斥力的重力を生じさせ、宇宙にインフレーションを起こさせた。このインフレーション理論によって、観測可能宇宙の一様性に関わる地平線問題や宇宙の曲率に関わる平坦問題が解決される。
量子力学と一般相対性理論を統一する枠組みの筆頭候補である超ひも理論の第二次理論革命であるM理論によれば、構成要素はひも以外に膜(メンブレーン)もあり、さらに10より小さなすべての整数pに対し、その次元の構成要素が存在することが示されており、それらはpブレーンと呼ばれる。ブレーンワールド・シナリオでは、私たちの知るこの宇宙は一枚の3ブレーンであり、アインシュタインの四次元時空は、時間展開する3ブレーンの軌跡でではないかと考えられている。
ブレーンワールド・シナリオを宇宙論に適用したものにサイクリック宇宙論がある。これによると、二枚の3ブレーンは互いに引き合い、接近して衝突し、反跳して離れていき、1兆年という膨大な時間が経過後、再び接近して衝突するという5段階のサイクルを繰り返し、膨張する三次元世界を永遠に再生産し続けるという。このプロセスは<ビッグスプラット>と呼ばれる。
時空の基本構成要素を探る方法としては、ひも理論およびループ量子重力理論の提案に沿うものがある。ひも・M理論には0ブレーンも含まれており、ひもも高次元ブレーンも、空間と時間までも、すべては0ブレーンがしかるべき集団になったものと提案する<マトリックス理論>が提唱されている。ループ量子重力理論は背景となる時空の存在をあらかじめ仮定していない背景独立な理論である。この理論に含まれる無数のループを編み上げると、大きなスケールで見れば時空領域のようなものになることが示されている。重要なのは構成要素の背景となる舞台はなく、この理論に含まれる構成要素相互の関係性だけという点である。これは仏教の「空」、「縁起」という考え方と驚くべき類似性を感じさせる。