SF短編集の原稿第8弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。

「回帰の光球」・・・・・・・・・・・十合ヒロシ
 都心のビル街を足早に行き交う人の群を縫うように、光元新一は片手に持ったメモ書きを時々覗きながら目的地めざして進んでいった。光元が住んでいる町からこの中核都市までチューブトレインで5時間もかかるので会社帰りに立ち寄るわけにもいかず、今日は風邪を理由に会社を休まざるをえなかったのである。目指すビルはメイン道路から一つ入った裏通りにあり、あちこちに雨跡が筋のようになって残っている古ぼけた雑居ビルであった。かすかな不安を抱きながら二階にあがり、「ユニバーサルトラベル社」と金文字が印字されたガラスドアが開くのを待って入っていった。カウンターの向こうでパソコン操作していた女性職員が顔を上げてにっこりとほほえんだ。

「いらっしゃいませ、どうぞお掛けください。ご希望をお聞かせ頂ければ、ご満足いただけるメニューをご案内できると存じます。弊社では国内外ばかりではなく月や火星へのツアーもご用意しております」
「いや、そのう、普通の旅行じゃなくてもう一つ別のやつがあると聞いてきたんですが」
「ああ、ニューライフのことですね。それでしたら専任者がお相手しますので奧の特別室にお入りください」
それは特別室とは名ばかりの何の変哲もない応接室で、デスクの向こうに座っていたのは頭髪や髭ばかりか眉毛も全くない、むきたてのゆで卵のような顔をした小太りの中年男だった。デスクを回って光元の前のソファーに座った専任者は、インタフォンでお茶のセットを持ってくるように指示したあと、何か探るような口調で聞いた。
「いらっしゃい、どうぞお楽にしてください。どこでニューライフのことをお知りになられましたか?」
「3D・SNSのコスモスで友だちに聞いたんだけど、それがどうかしたの?」
「いや、どうということはないんですが、旅行サービスとは違ってニューライフの方はあまり宣伝していないものですから・・・」
「非合法な裏家業ってわけ?」
「とんでもない、定款にもきちんと載っている合法的なものです。ただ、一度にサービスできる顧客数が極めて少ないもので、宣伝を控えているんです。さて、それではご要望を承りましょうか」
「やり直したいんだよ、人生を。40年も働き続けてあと数年で定年退職なんだが、年のせいか近頃夜中に目が覚めて眠れないことが多いんだ。そんなとき、ふとこれまでの人生を振り返ってこんな筈ではなかったという思いを消すことができないんだ。このまま生き続けても何も変わらないまま死を迎えるだけと思うと哀しくなるんだよ」

「ここに来られた方は皆さんそうおっしゃいます。ただ、人生をやり直すというのは具体的にどういうことかを良く考える必要があります。例えば何歳のどの場所からやり直すのかということです。現在のあなたとの差が大きくなるほど、やり直しが困難になることはお分かりいただけるでしょう。仮にタイムマシンで60才のあなたを18才の時点へ送り込んだとしたも、18才からのやり直しをあなた自身は体験できないでしょう。18才のあなたに進路変更をアドバイスして受け入れられたとしても、その体験は現在のあなたのものではありません。現在のあなたの心と記憶を維持した状態で18才の自分に戻ることができればやり直しも可能でしょうが、それではすでに本来のあなたとは違う18才のあなたの人生になってしまいます」

「するとやり直しはできないと言ってるの?それならニューライフって何ができるんだい?」
「誤解なさらないでください。今申し上げたのはインフォームド・コンセントの一部でして、契約の有効性を担保するのに必要不可欠なものとして法律で規定されているのです。もう少し説明を続けさせてください。ニューライフではあなたの二次脳以外の生体脳と身体を、二次脳のデータに基づき分子機械でやり直し起点の状態にリフレッシュします。次にタイムホールを通じてあなたをやり直し起点に転送します。ただし、混乱を避けるために転送先は起点から1年以上離れた時点の弊社建家内とします。転送は一方向だけで逆送はできません。到着後の生活についてはその時点の弊社専任者がしっかりサポート致します。また、これら全体のサービス料として出発前にあなたの全財産を弊社に譲渡して頂きます。なお、リフレッシュや転送時における事故の発生確率は、これまでの実績では飛行機事故よりも小さいのですが零ではないことをご理解ください。また、真のやり直しとは言えない面があることをご了解いただきたく存じます」

それからも細々とした説明が延々と続き、やっと終わった頃にお茶が運ばれてきてほっと一息ついたのである。その後申込書に必要事項を記入して手渡すと、後日審査の上契約書が送られてくるということであった。

 この世界からの出発を円滑に行うために、様々なしがらみが後を引かないようにきれいに解きほぐしておかなければならない、というのが契約事項の一つにある。例えば退職手続き、生活インフラ解約、自治体や知人への長期不在通知、財産処分など、やりだしたら次から次へと出てきてきりがないようで、すべて終えるのに一ヶ月もかかってしまい、もう少しで出発日に間に合わなくなるところであった。出発の日の朝、ユニバーサルトラベル社の前に暫したたずんでいた光元は、大きく息を吸うと意を決したように玄関ドアに歩み寄った。特別室では笑みを浮かべたむき身卵の専任者が立ち上がって出迎え、ソファーへいざなった。

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。これからの手順をご説明しますのでこちらへどうぞ」
光元はソファーに深く腰を下ろし、腕組みをして専任者に向き合った。
「先ず、リフレッシュルームでお客様ご指定のやり直し起点である16才の状態に、生体脳と身体をリフレッシュします。処置は1日で終わりますが心身の回復及び養生のため、3日間安静にして頂きまます。次に転送室に移って頂き、やり直し起点の2年前の時点の弊社建家内にある受容室に転送します。これは1時間弱で終わります。その後はそこにいる弊社専任者におまかせください。よろしいでしょうか?」
「わかった。早速始めてくれていいよ」

リフレッシュルームは、白い部屋の中央に集中治療用のポッドのようなものが置かれ、壁際の電気機器やタンクとケーブルや配管で繋がれていて、救急医療室を思わせる殺風景な部屋だった。おまけにリフレッシュ処置を行うのは医療ロボットで、人間の医師か技師は隣室でモニター監視しながらクライアントとロボットに指示を出す仕組みのようだ。イヤホンから流れる指示に従って光元が真っ裸になってポッドの中に横たわると、ロボットがポッドの蓋を閉じタンク制御装置の前で待機した。しばらくするとポッド内に麻酔ガスと分子機械液が流入し、光元の意識は薄れていった。

目覚めると体全体が熱を持っているようにだるく、頭がぼうっとしてなにがあったのか、どこにいるのかも分からなかった。二次脳にアクセスしてやっとリフレッシュ処置を受けたことを理解した。イヤホンからシャワーを浴びて服を着るよう指示が流れると同時に、ロボットがポッドの蓋を開いて光元を助け起こしシャワー室に運んでいった。服を着ていると隣の休養室で待機するよう指示があった。

3日間の休養の後、健康診断で問題ないことが確認され、転送は予定通り行われることになった。光元は休養室で専任者から転送前の注意事項を聞いていた。
「すでにお気づきでしょうが、顔は元の16才の時とは変えてあります。2年の差はありますが、転送先で元のあなたとの遭遇による混乱を回避するためです。名前も当然変えて頂きますが、どのようにするかは生活サポートも含めて転送先の専任者におまかせください。転送は真空から抽出したダークエネルギーを使って5次元超球群即ちタイムホールを生成し、そこでの空間移動を時間移動に変換することによって行われます。今のところ過去への一方方向だけで未来方向には転送できません。なにかご質問はありますか?」
「いや、ないよ」
「それでは転送室にご案内します。どうぞこちらへ」

転送室は横幅10m四方、天井高さ50mの塔内部のような部屋で、全体が1m厚のコンクリート壁で密閉されていた。部屋の中央には高さが天井近くまである直径2mの円柱のまわりを、その半分くらいの太さの円筒が螺旋状に取り巻きながら天井近くまで伸びていた。隣接する操作室で技師から説明を受け、宇宙服のような保護スーツを装着して転送室に入った光元は、螺旋円筒の基部にあるゲートをくぐって転送シートに潜り込んだ。と同時にシートカバーとゲートが閉じられ、真空ポンプが螺旋円筒内の空気を排出するシューッという音が断続的に響いた。ポンプが停止するとダークエネルギーの注入が始まり、臨界点に達すると目をつむっても閉め出せないほどまぶしく輝く光球が出現した。転送シートは次々に出現する光球につつまれながら螺旋円筒内をじわじわと進み、1ループごとに高い位置に移ることになる。始点位置と停止位置の高さの差が転送元と転送先の時差となり、円筒軸方向の距離の差が空間差になるのである。1ループごとの時差は10年になる。痛いほどの圧倒的なエネルギー圧にさらされて意識が薄れていくのを感じながら、光元は転送についての技師の説明を思い起こしていた。

光元は自分の名前を繰り返し呼ぶ声で意識を取りもどした。シートカバーは開かれ男の心配そうな顔がのぞき込んでいた。シートから這い出しゲートを通って休憩室に入り、デスクをはさんで腰をおろした。
「ようこそいらっしゃいました。ご気分はいかがですか?」
「体がだるいし頭がぼーっとしてる。喉もからからだ」
「転送直後はだれでもそうなんですが、すぐに良くなりますのでご心配なく。飲み物は何がよろしいですか?」
「冷たい牛乳がいいな」
運ばれてきたコップ1杯の牛乳をゴクゴクと一気に飲み干した光元は、生き返ったように元気になった。それを見て男は書類の束を光元に渡しながら言った。
「それでは、ここでの生活についてご説明します。社会的な位置づけですが、身寄りのない孤児ということで弊社関連の青少年収容施設に入り、近隣の高校に通学していただきます。名前は鈴木大介、年齢は16才になりますので間違えないようにしてください。大学卒業までの衣食住と教育費用は施設が面倒見ますし、役所関係の手続きは弊社で行いますのでご安心ください。何かご質問はありますか?」
「いや、特にないです」
「それでは施設までご案内します。こちらへどうぞ」

こうして鈴木大介と改名した光元のやり直し人生がスタートしたのである。鈴木はまわりからガリ勉と揶揄されながらも3年間猛烈に勉強した。二次脳記憶を照査し、高校時代の成績不振が前人生での後悔の発端であることを知ったからである。努力の甲斐あって目標の大学に合格し、前人生であこがれていた物理学者への道を開いた。大学でも猛勉強を続けて常にトップの成績を維持しており、やり直し人生の成功は時間の問題のように思われた。ところが、4年生の中頃からモチベーションを維持することに困難を感じるようになったのである。それは勉強だけではなく、物理学そのものに本当は興味を持っていないことに気づいたからにほかならない。そうかといって急に進路を変えることもできず、ジレンマに陥った鈴木は学校をさぼり部屋に閉じこもるようになった。考えてみれば、これまでの努力は二次脳記憶に刻まれた前人生の失敗を補正するという、実感の伴わない事務的な指標に基づいたもので、鈴木が心の底からやりたいと感じることではなかったのである。

4年終了時、長期欠席による単位不足のため卒業資格を得られず、大学中退という形で施設から退去を求められた鈴木は、日雇い労働をこなす合間にSFを書いていた。それは二次脳記憶から引き出して少し手直ししたもので、転送前の注意事項の中でも実行厳禁を言い渡されていたことであったが、日雇い労働だけでは食べていけないのだからやむを得ないと自分に言い聞かせた。出版社に持ち込んだ作品はアイデアが買われてほとんど採用されたが、人物などの書き込み不足の指摘があり数回の書き直しを要求された。いくつかの作品が賞に入り作家として認められるようになったころ、新人作家が多数輩出するようになった。それらの作品を読んだ鈴木は、この時代に転送されたのは自分だけではないこと、これからの作品発表では盗作問題に巻き込まれないよう注意する必要があることを確信した。

SF作家として成功した鈴木の生活は安定したが、考えると不安になって仕方がないことがある。それはここ10年の科学技術の進歩が二次脳記憶の内容と比べて異常に速いということだ。家事ロボットや量子コンピュータ、月面基地などはこの時代にはまだ実現されていないはずなのだ。未来のSF作品のアイデアを過去の世界で開示するフィードバックループを鈴木らが形成してしまったことで、本来とは異なる世界に分岐したのに違いない。鈴木が調べた限りではこの世界にいるはずのもう1人の自分=光元新一が、なぜか存在しないのである。この世界への転送受容室があったユニバーサルトラベル社へも行って聞いてみたが、そこはなぜか普通の旅行代理店になっていて、鈴木の質問に怪訝な顔を見せるばかりであった。

はじめの計画が実行不能になったことをさとった鈴木は、しだいに本来の世界からのずれが大きくなり二次脳記憶を活用できなくなっていくこの見知らぬ世界で、どのように生きていけばよいのかと夜空に拡がる天の川銀河を見上げながら自問した。過ぎ去ったことへのこだわりを捨て、この世界で一回限りの人生として生きていくしかないのだ。それでいいではないか。この次の作品は二次脳記憶に頼らず、今回の自分の体験に基づいたものにしよう。そう、題名は「回帰の光球」とでもするか。

 ネット記事によると、ヤフーは6日、「第4回Yahoo! JAPAN文学賞」の「Yahoo! JAPAN賞」と「選考委員特別賞」を発表した。Yahoo! JAPAN賞には「雪の精と殺し屋」(田尾れみ著)、選考委員特別賞には「帰る場所」(渋谷史恵著)が選ばれた。
 「第4回Yahoo! JAPAN文学賞」のサイトでは、両作品含め最終ノミネート4作品が閲覧できる。各作品ともにHTML版とPDF版を用意する。


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