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SF短編集の原稿第7弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。

「太古の呼び声」・・・・・・・・・・・十合ヒロシ
「どうしてお宅は今日みたいな大事な日に国旗を掲げないんだね?」
白髪のかまきりのような自治会役員が詰問口調で云った。権威主義で俺が一番嫌いなタイプだ。
「忘れてました。」
議論すると面倒なことになるので俺は嘘をついた。
「国建節を忘れるなんて非国民じゃないか。早く掲げないと公安に通報するからね」
捨てぜりふを残して役員は帰っていった。

国旗掲揚の義務違反は、90万円以下の罰金または3年以下の懲役になっている。役員の脅しに屈するのはしゃくだったが、面倒に巻き込まれたくなかったので嫌々ながら国旗を掲げ終えた。ハイビジョンのチャンネルをひねると定時ニュースに入る前の国家斉唱をやっていた。スタジオのフロアーにスタッフ全員が起立し、伴奏に合わせて大きく口を開閉していた。斉唱が終わりアナウンサーがマイクの前に着席するとニュースが始まった。
「本日未明、早期警戒衛星『暁』が北西から飛来した数発の中距離ミサイルを探知し、迎撃誘導ミサイルで撃墜しました。今月はこれで三度目、段々頻繁になってきました。国防省は小型の核弾頭ミサイルによる反撃を計画中とのことです。これまでの経過と今後の進展の見通しにつきましては、本日午後1時からの国防省の発表にご注目ください。次のニュースは・・・」
戦争になったら俺が住んでる地区の軍事基地に核ミサイルが飛んでくるだろう。今の内に逃げ出したほうがよさそうだが、紛争だらけで他者に厳しい今の世界にはどこにも行き場がない。変化の乏しい平和な日々にうんざりしていたのが、ついこの間のような気がする。いつから、こんな世界になってしまったんだろう。

50年前、永年人類を悩ませてきた癌が消滅した。RNAとDNAの合いの子で、核酸生成酵素と複写機能を持つPNAの化学合成に成功し、生殖細胞に注入することで癌遺伝子を無害なものに変換できるようになったのである。この技術はすべての遺伝子病に適用され、地球上から遺伝子病はほぼ消滅、生命科学の金字塔と云われている。この輝かしい成果を反映して、人類という種をバイテクやサイボーグ技術によって超人類へ進化させる「トランスヒューマニズム」と呼ばれる理念が提唱され、遺伝子改造による知能および身体能力の向上が現実のものになるにつれて、社会に浸透していった。そして改変対象は個体の単独能力だけではなく、蟻や蜂などの社会性昆虫に見られる集団知性のような集団能力の発現へとエスカレートし、それによって科学技術の発展が加速し社会秩序は飛躍的に向上したが、異なる社会集団間の反目、争いはそれまで以上に激しくなってきたのである。

パソコンでテレビを見ているとメール着信のアイコンが瞬いた。メールを開くと雑誌社からの記事督促だった。俺はフリーライターをやっている。科学記事が主体だが金になるならなんでもこなす。
年金だけでは不足する生活資金をこれでなんとかカバーしている。督促メールはポピュラーサイエンスの雑誌社からで、明日の締め切りまでに必ず第3章の記事を送れということだ。今取り組んでいるのは量子時空理論を発展させた最新の共鳴場理論のシリーズで、素人にもわかりやすく面白い科学記事として解説するものである。本や論文、ネット記事などを調査・分析するなかで、主流からはずれているがちょっと面白い仮説があった。その「暗在波共鳴仮説」によれば、遺伝子改造によって人類は「太古の呼び声」と云われる時空を貫く暗在波に共鳴し易い体質になったとのことである。つまり、人類発祥以来連綿と続く種内闘争の履歴場が暗在波となって時空を貫いており、集団知性発現の遺伝子改造によって全人類がこの暗在波に無意識下で共鳴するようになって、争いが激化したと云うのだ。あたかもテレビ受像器のチャンネルを切り替えて、放送電波の周波数と同調させるように。

締め切りには間に合わせる旨の返信メールを送って仕事に取りかかろうとしたとき、またメール着信のアイコンが瞬いた。見知らぬ送信元だったので廃棄しようとして、「共鳴場への波動干渉」という奇妙なタイトルに興味を覚えてメールを開いてみた。差出人は「共鳴波動研究会」といういささか怪しげなNPO団体で、俺の書いた共鳴場理論シリーズの記事を読んで感動したのでメールしたということだ。外交辞令かも知れないが愛読者を名乗っている以上、粗末にはできないだろうと思って文面をたどってみた。研究会設立の経緯と目的、活動内容、俺の記事に対する感想などが要領よくまとめられていて、感想は共鳴場理論を良く理解していると思わせる内容だった。そして、俺に研究会のサイトへの訪問と入会を要請していた。早速指定されたURLにアクセスすると、研究会のロゴの背景に、刻々と形を変えて脈打ちうねる振動波形をあしらったホームページが開いた。コンテンツはメールに書いてあったのを詳しくしたものと、共鳴場理論の解説および共鳴場への波動干渉について記述したものからなっていた。熱のこもった緻密な内容で、怪しげだという当初の俺の疑念を一掃するものであった。疑い深い俺には珍しく早速入会ページで必要事項を記入し、会員登録を済ませた。一休みしようと思ったが、記事の締め切りを思いだして第3章「共鳴場の不思議」の執筆にとりかかった。

数日前、研究会から例会への出席要請メールがきて少し迷ったが、メンバーの顔ぶれを知るのとネタを仕入れるための取材にもなると思って出席することにしたのだ。場所は市内から20kmくらいの郊外にある研究会本部で、公共の交通機関は1時間に1本のバスだけということなので自分の車でいくことにした。途中、渋滞に巻き込まれたり道に迷ったりしたため、目的地まで2時間近くかかってしまった。本部建家は、山を切り開いた造成地のかなり急な傾斜の坂道を登り詰めたところにあり、ブランデーグラスを逆さまにしたような外観をしている。玄関横の駐車場に車を止めてキーロックし、建家内に入っていった。受付で聞くと例会の会場は7階の730号室だという。階段は歩いて上がるように心懸けているのだが、7階はちょっと多いのでエレベータを使うことにした。エレベータを下りると「共鳴波動研究会9月例会会場」と書いた立て札が見えた。会場に入ったが開始時刻の2時にはまだ少し早いせいか誰も来ていなかった。しばらく窓外の景色を眺めていると足音がして二人連れが入ってきた。1人は毛糸の帽子を被った年配の布袋さんそっくりの人物、もう1人は分厚いファイルを抱えた事務員風の若者だった。布袋さんはにこにこしながら俺の方に近づいてくると、会長の荒家志貴と名乗り例会出席への礼を述べながら手を差し出した。事務員風の若者は研究会の職員で事務局を務めているということだった。

例会は定刻の2時ピッタリに始まった。出席者は俺を含めてわずか8名で、会議用の円卓の周囲は十分な空きがあった。名前と職業・所属だけの簡単な自己紹介が済むと直ぐに今日の議題「共鳴場への波動干渉について」の審議に入った。口火を切ったのは布袋さん、いや荒家会長である。
「それでは新入会員の方もおられるので、これまでの研究経過について簡単におさらいしてみましょう。先ず共鳴場理論ですが、これはビッグバン以来の全量子相関の時間発展を16元数の波動関数で記述する量子時空理論を発展させたもので、量子相関群における共鳴場の存在は量子物理レベルでは実験的にも検証されています。また、場の共鳴周波数と同等の周波数特性を持つエネルギー波動によって共鳴場が励起することも確認されています。問題はこれらのことがマクロ物体でも成り立つのか、そして技術的に実現可能なのかということです。ご審議をお願いします」
「超固体や超伝導電気回路などの量子コヒーレンス状態のマクロ体では、共鳴場の励起現象が確認されていますが、常温常圧下では環境デコヒーレンスが大きくてだめのようです」俺の真向かいに座っていた白髪の学者風の老人がおもむろに発言した。
「しかし、植物の群落や動物集団でみられる一種のテレパシー現象は、常温常圧下での共鳴場の励起を示していると思われます。このことは人間にも当てはまるのではないでしょうか?」俺の横にいた若手の研究者らしい男が勢い込んで言った。
「それはちょっと飛躍しすぎじゃないですかね。動植物でみられるのはごく一部の限られた条件での例に過ぎないし、人間ではいまだに検証例がありませんからね」会長の隣で頬杖をついていた中年の男が皮肉な笑みを見せながら言った。俺は新参で様子がわからないので控えていたが、何も発言しないままでは出席した意味がないと思い、「暗在波共鳴仮説」という興味深い仮説があり、遺伝子改良によって人類は時空を貫く暗在波に共鳴しやすい体質になったとの内容を説明した。若手研究者は興味を引かれた様子だったが、老学者と中年男が否定的なコメント出したため、少し場がしらけた雰囲気になったとき、やおら会長がとりなすように口を開いた。
「いやいや、ただいまの暗在波のお話はなかなか含蓄が深いと思いますよ。2千年以上も前の仏教の唯識では、心には命に執着する阿頼耶識と呼ばれる無意識層があり、現存する個体に限定されず、親族、種族、全生命体を通じて継承されてきた集合意識のようなはたらきをすると言われています。また、その上に自分に執着する末那識と呼ばれる無意識層と通常の意識層があり、これら3層間にはダイナミックな相互作用があるとされています。これは先ほどの時空を貫く暗在波との共鳴というお話とよく符合しています」
「それが本当なら、暗在波との共鳴場への波動干渉によって共鳴エネルギーを減衰させることも可能かも知れません」若手研究者は目を輝かせて早口で叫んだ。
「原理的にそれが可能だとしても、干渉対象領域の規模によっては技術的に実現不可能ということになるんじゃないですか。想定規模を明確にする必要がありますね」中年男が冷やかした。
その後、共鳴場への波動干渉の検証規模と方法について審議したが結論には至らず、次回までに各自具体的な案を持参することになった。

動植物での実験段階から5年を経て、人間対象の共鳴場干渉機(RFC)が完成した。外観は旧式のfMRIそっくりで、ドーム内の任意位置にミリオーダーの精度で高周波の変動磁界を作用させる
ものである。闘争心や幸福感などの精神状態と脳活動パターンは一定の相関があることは以前から知られている。臨床実験で得られた数千例のデータによれば、90%以上が強度の闘争心状態の共鳴パターンを示していたが、適正な変動磁界を作用させることで共鳴場に干渉し、闘争モードの脳状態を幸福モードに転換できることがわかったのである。ただし、この効果は時間と共に減衰するため、幸福モードが定着するまで繰り返し共鳴場に干渉する必要があった。定着までの繰り返し数は被験者によって大きなばらつきがあり、幸福モードへの転換を意識的に自覚した被験者では極少なく、しかも、複数同時実験における他の被験者の脳活動と共鳴して幸福モードに導くという予期せぬ波及効果が見られた。

RFCは発表当時こそネット、テレビ、新聞、雑紙などあらゆるメディアで取り上げられ、救世機械であるかのように持ち上げられていたが、過去幾多の流行現象の例に漏れず時と共に衝撃が薄れ世の中から忘れられていった。RFCが世界中に普及すれば戦争のない平和な世界がくるのではないかと密かに期待していた俺は、考えが甘かったことを痛感させられたのである。よく考えれば、知能や体力が向上するわけでも金儲けになるわけでもないものに、興味を持ち続けることなどだれにもできはしないのだ。せっかく小型無線化した使い勝手の良いRFCが開発されたのに主要メディアは関心を示さず、共鳴波動研究会や一握りの賛同者のホームページで紹介されただけであった。RFCの普及が遅々として進まない中で世界は急速に悪化し、俺の住んでる地域にもミサイルが飛んできたり、爆撃機が爆弾を落としたりするようになり、一日に一度は地下シェルターに待避するのが日課になっている。

しかし、俺は諦めてはいない。RFCの原理や設計図はネットを通じて世界中に開示されているから、少しばかりの技術と資金があれば誰でも製作は可能だ。少しずつでもRFCの自覚的使用者を増やしていけば、いつかは集合意識の相互共鳴による場の臨界状態に到達し、一粒の砂によって雪崩が発生する臨界状態の砂山のように、戦争から平和モードへ世界が転換すると信じたい。


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