fc2ブログ
 SF短編集の原稿第5弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。
「加速進化」・・・・・・・・・・・十合ヒロシ

 昨夜2号が死んだ。馬鹿な奴だ、この保護施設を出るのは自殺行為だってことは分かってるじゃないか。硝酸雨と有毒粉塵が舞う大気に耐えられる人間はいない。新人類とか自称してる彼奴らなら平気だろうが……。彼奴らは人間じゃない。DNA改造でセラミック外皮と有害物質の中和酵素を持つようになった人間もどきだ。

人類は自らの身体構造を変化させずに、発達した大脳を使って周りの自然環境の方を変えるという、従来の生物進化にはない革命的な方法で地球の覇者となった。DNA改造で身体構造を変化させて環境に適合するというのは進化史の逆行だ。環境が変化するたびに際限なく改造し続けて、いずれ人間としてのアイデンティティを失うのは目に見えている。

DNA改造は最初は遺伝子病の治療目的に限定されていたが、次第に筋力増強や学習能力向上など、健康体のさらなる強化に利用されるようになった。それでも体細胞のDNA改造に留まっている間は、その個体だけの改造なのでまだ良かったが、生殖細胞に適用して効率を上げるという考え方が優勢になって、改造遺伝子が子孫に引き継がれていくことになったのは問題だった。

50年前、分子生物学者だった俺は生殖細胞のDNA改造は危険だから禁止すべきだと、学会、研究者、行政、マスコミと手当たり次第に訴えたが誰も耳を貸そうとしなかったのだ。挙げ句の果てに成果が出てないとの理由で研究費をカットされ、大学の研究室も追われてしまった。

あの頃環境破壊が極限まで進み、有毒化学物質と重金属で汚染された水や食糧による死者が年々増大していて、対策が急を要したのは確かだ。初めは有毒化学物質や重金属の回収、除去を行っていたが、膨大なマンパワーが掛かる割に即効性がないこと、長期的には国や企業の負担が大きく経済成長が圧迫されるとの理由で中断され、当時急速に発展していた遺伝子工学による解決に踏み切ってしまったのだ。有毒物質に対する耐性を高めるDNA改造は、有毒物質の回収・除去という通常の対策に比べて経済負担がはるかに少なくてすむというのが採用された主な理由だった。

そのころにはDNA改造自体は特に目新しいものではなく、一般市民にとって抵抗感もなくなっていたから、反対運動も一部のグループによる散発的なものでしかなかった。健康保険法が改正されて、改造費用の自己負担分が1割ですむことになると、指定の病院でDNA改造を受ける人が続出し、5年後にはその数は国民の90%以上に達したのだ。残りの10%は、1割の自己負担分も払えない人や健康保険に加入さえしていない生活困窮者、俺のようなDNA改造にあくまで反対する者などだったが、年々死者の仲間入りをしていき人数が減っていったのだ。そして保護施設で数人が生き残っているだけになった。

それから……まあいい、過ぎたことを言ってもしょうがない。2号が死んで俺は人類最後の一人になってしまった。しかし、俺は絶対に自殺なんかせんぞ!生きれるかぎり生きて彼奴ら人間もどきがどうなっていくのか見届けてやるんだ。さて、そろそろ朝飯の時間だな、顔でも洗うとするか。

キッカリ7時にフードボックスに出現したかわりばえしない朝食を平らげた時、スピーカーが第1検査室にきてくれと三度もがなりたてた。うるさいな、一度云えば分かるって。
検査室にはいつもの検査官が一人待ち構えていた。検査システムが体中にセンサーをセットし終わると、検査官が平板な口調で云った。

「2号が死んでお前は旧人類最後の一人になった。気分はどうだ?」
「別に、どうってことはないよ。それより何回検査すりゃ気が済むんだ?お前達は新人類とか自称してるが、検査もろくにできん人間もどきじゃないか」

俺はのっぺりした陶器の外皮を見ると何故か腹か立ってきて噛みつくように云った。
「旧人類は多様性を失い進化の袋小路に入ってたんだよ。絶滅は時間の問題だった。我々は自然が何百万年もかけてやることを数十年でやり遂げ、人類の枝を残したんだ」
検査官は蛙のような眼に薄膜を下ろしながら無表情に云った。
「違う!お前達はまだ何百万年も存続する筈だった人類を、数十年で破滅させてしまったんだ。それも人為的に」
「それで何が悪い? 自然と人為の違いは進化にかける時間の差だけじゃないか。どのみち旧人類は絶滅する運命にあったんだから」
「もういい、いくら話してもどこまでも平行線だからな。それよりいつも俺の何を検査してるんだ? 健康診断じゃないんだろう?」

検査官は目の薄膜をあげて俺をじっと見ると意を決したように薄い口を開いた。
「実は我々新人類の平均寿命は40年位なんだ。セラミック外皮と中和酵素の生成に生命エネルギーを使うからだと言われている。絶滅前の旧人類の平均寿命は100年に近づいていた。長寿遺伝子みたいなものを持っていたんだろうな。それを見つけようとしているんだ」
「ふん、それでもう見つかったのか?」俺は怒りを抑えて探りを入れた。
「見つかったんだが、生殖細胞への組み込みでY染色体の脆弱性という問題がある」
Y染色体の劣化はずっと前から観察されていて、いずれオスがいなくなると言われていたのを思いだした。こいつらも同じなんだと思うと気味が良かった。

「旧人類より劣化がさらに進んでいるようなんだ。DNAの人為操作が原因といわれている。それで、DNAレベルじゃなくて細胞レベルで組み込むしかないということになったんだ」
冗談じゃない、俺の精子を使って奴らの卵子を体外受精させようとたくらんでるようだが、奴ら人間もどきの生殖細胞に組み込まれるなんて、考えただけでも吐き気がする。それくらいなら死んだ方がましだ。

「3号が昨夜脱走して今朝方死体で見つかったそうだが、実験の方は大丈夫かな?」検査部長が云った。
「ご安心ください。3号は寿命限界に近くいずれ死ぬことは分かってましたから、3号の細胞を各部位から採取して保存してあります。必要ならいつでもクローン精子を造って実験できます。」検査官は自慢げに答えた。
「ふむ、それより水棲人間への遺伝子改造実験のほうが問題だな。温暖化による世界的な水位上昇で平野部はほとんど水没するから早急にやれという政府命令なんだが、これは技術的な問題だけじゃなくて、非人類への退化への一歩になるかも知れんのだ」
「しかし、陸から海に戻ったクジラの例もありますから、一概に退化とは言えないのではないでしょうか?」
「ふむ、そうかも知れん。いずれにしても政府命令だ、やるしかないんだろうが・・・」


| HOME |


Design by mi104c.
Copyright © 2009 個人出版コミュニティ, All rights reserved.