SF短編集の原稿第6弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。

「出生証明」・・・・・・・・・・・十合ヒロシ
 自然保護区の野生猿が餌場に引き寄せられるように、俺は生活保護局食糧配給所ビルに近づいていった。胸ポケットの遺伝子カードを確認し、玄関ドアを抜けていつもの窓口でカードを差し出した。係官はカードを読取機に差込み、モニター画面に応答が表示されるのを待った。何時もより応答に時間がかかっているのを見て、俺はじりじりすると同時に段々不安になってきた。どうしたんだ?早くしてくれ!偽造カードだとばれてしまったのか?いや、そんな筈はない、今まで旨くいってたんだから……。

20年前、異常気象と環境破壊の累積によって深刻な食糧危機が現実のものになった。これに対処するため政府は食料の配給制と人口抑制という施策を推し進めた。人口抑制策として出生法が改正され、妊娠時の遺伝子診断で健全性が証明されないと出産できないようになった。母親が俺を身ごもったとき、法指定の不適合遺伝子が3つもあるから健全性を証明する遺伝子カードを発行できないと言われた。しかし、どうしても生みたいと思った母親は、不正医療で資格を剥奪された医者に大金をはたいて偽造遺伝子カードを作らせたのだ。それは裏社会では定評のある高精度のカードで、余程厳密な照合チェックをしない限りばれる筈がないのだ。健全な出生を証明し国民としてのすべての権利を保証する遺伝子カードの偽造は重大犯罪で、作成も使用も死刑がきまりになっている。

「土岐さん、お手数ですが横のドアから中に入ってもらえませんか? カードが古いせいか読取り難いんで新しく作りますので、中で待っていてください」
係官の声でギクリとした俺の全身に警戒警報が鳴り響いた。これは罠だ、偽造カードだとばれてしまったんだ。俺は玄関ドアへ突進し近くにいた事務員を突き飛ばして外に出ると、鳴り響く非常ベルを後にして全力で駆け出した。一瞬後パトカーが急発進し、サイレンが神経にさわる甲高い音を響かせた。

俺は土地勘を生かしてパトカーが入れないような狭い路地から路地へドブネズミのように走り回り、配給所ビルからかなり離れた区画の小さな公園に出てほっと一息ついた。あたりに誰もいなようなので、カラカラに渇いた喉を潤すことにした。蛇口からゴクゴクと水を飲み顔を上げると、どこから現れたのか警官が二人いてギョッとする俺を見て云った。
「遺伝子カード偽造容疑で逮捕する!」
とっさに逃げようとしたが警官は素早く俺に手錠をかけ、手慣れた動作で身体検査を済ますと公園入口にとめてあったパトカーに俺を押し込んで車を急発進させた。

連行された県警本部二階の一番奥にある取調室では、赤ら顔で頭の禿げ上がった小太りの刑事が待ち構えていた。赤禿は俺を連行してきた警官に命じた。
「此奴の遺伝子チェックをやれ」
警官は俺の左腕の袖口をまくりあげ机上の血圧計のような器械に押し込んだ。チクッと微かな痛みがしてしばらくすると器械前面のライトが赤から青に変わり、チェック結果がプリンタから吐き出されてきた。赤禿はチェック結果を見ながら云った。
「お前は法規定の異常遺伝子を三つも持ってるじゃないか。遺伝子カードの偽造だけでも死刑に値するのに、これじゃ裁判なしで即死刑だな」
俺は高いビルから落ちる夢をみた時のように、全身からすうっと血の気が引き脇の下から冷や汗が噴き出すのにじっと耐えた。赤禿は机上の分厚い書類を俺の方に押しやりながら、俺の気持ちを見透かしたかのように冷笑を浮かべて云った。
「しかしお前は運がいい。今、月面基地ではクレータ底の氷や鉱物を掘削・採取する作業員を募集している。指揮者の遠隔指示で作動する特殊作業員だ。この同意書にサインすればお前は国内法適用外になり、死刑は免除される」
俺は助かりたい一心で書類を読みもせずにあわてて署名し、拇印を押した。

「それでいい。此奴を変生室へ連れていけ」
「ちょっと待ってくれ、変生ってなんだ?」
「今お前が署名した書類に書いてあったろうが…、読まなかったのか?」赤禿はニヤニヤしながら云った。
「お前の顔を見るのも最後だから教えてやろう。変生というのは人間の脳神経電位パターンを抽出して電子チップに転写することだ。これで安上がりの知能ロボットが作れる訳だ」
「体の方はどうなるんだ?」俺はいやな予感がして云った。
「パターン抽出後の脳は損傷で回復不能になるから体ごと合成食糧の原材料として活用される。さあ、もう行くんだ」
「いやだ!そんなことされる位なら死んだほうがましだ!人間にそんなことをするのは法律で許される筈がない」
「仕方がない教えてやろう。お前はまともな人間じゃない。法で禁じられているクローン人間なんだ」
「うそだ!俺は不適合遺伝子を持って生まれたから母親がもぐり医者に頼んでカードの偽造を……」
「そう教えられただけだろう。動かぬ証拠があるんだよ。お前のDNAは不適合遺伝子を含めて父親のと100%一致してるんだ。クローン以外ではあり得ないことだ。さあ、もう観念して月へ行くんだ」

 SF短編集の原稿第5弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。
「加速進化」・・・・・・・・・・・十合ヒロシ

 昨夜2号が死んだ。馬鹿な奴だ、この保護施設を出るのは自殺行為だってことは分かってるじゃないか。硝酸雨と有毒粉塵が舞う大気に耐えられる人間はいない。新人類とか自称してる彼奴らなら平気だろうが……。彼奴らは人間じゃない。DNA改造でセラミック外皮と有害物質の中和酵素を持つようになった人間もどきだ。

人類は自らの身体構造を変化させずに、発達した大脳を使って周りの自然環境の方を変えるという、従来の生物進化にはない革命的な方法で地球の覇者となった。DNA改造で身体構造を変化させて環境に適合するというのは進化史の逆行だ。環境が変化するたびに際限なく改造し続けて、いずれ人間としてのアイデンティティを失うのは目に見えている。

DNA改造は最初は遺伝子病の治療目的に限定されていたが、次第に筋力増強や学習能力向上など、健康体のさらなる強化に利用されるようになった。それでも体細胞のDNA改造に留まっている間は、その個体だけの改造なのでまだ良かったが、生殖細胞に適用して効率を上げるという考え方が優勢になって、改造遺伝子が子孫に引き継がれていくことになったのは問題だった。

50年前、分子生物学者だった俺は生殖細胞のDNA改造は危険だから禁止すべきだと、学会、研究者、行政、マスコミと手当たり次第に訴えたが誰も耳を貸そうとしなかったのだ。挙げ句の果てに成果が出てないとの理由で研究費をカットされ、大学の研究室も追われてしまった。

あの頃環境破壊が極限まで進み、有毒化学物質と重金属で汚染された水や食糧による死者が年々増大していて、対策が急を要したのは確かだ。初めは有毒化学物質や重金属の回収、除去を行っていたが、膨大なマンパワーが掛かる割に即効性がないこと、長期的には国や企業の負担が大きく経済成長が圧迫されるとの理由で中断され、当時急速に発展していた遺伝子工学による解決に踏み切ってしまったのだ。有毒物質に対する耐性を高めるDNA改造は、有毒物質の回収・除去という通常の対策に比べて経済負担がはるかに少なくてすむというのが採用された主な理由だった。

そのころにはDNA改造自体は特に目新しいものではなく、一般市民にとって抵抗感もなくなっていたから、反対運動も一部のグループによる散発的なものでしかなかった。健康保険法が改正されて、改造費用の自己負担分が1割ですむことになると、指定の病院でDNA改造を受ける人が続出し、5年後にはその数は国民の90%以上に達したのだ。残りの10%は、1割の自己負担分も払えない人や健康保険に加入さえしていない生活困窮者、俺のようなDNA改造にあくまで反対する者などだったが、年々死者の仲間入りをしていき人数が減っていったのだ。そして保護施設で数人が生き残っているだけになった。

それから……まあいい、過ぎたことを言ってもしょうがない。2号が死んで俺は人類最後の一人になってしまった。しかし、俺は絶対に自殺なんかせんぞ!生きれるかぎり生きて彼奴ら人間もどきがどうなっていくのか見届けてやるんだ。さて、そろそろ朝飯の時間だな、顔でも洗うとするか。

キッカリ7時にフードボックスに出現したかわりばえしない朝食を平らげた時、スピーカーが第1検査室にきてくれと三度もがなりたてた。うるさいな、一度云えば分かるって。
検査室にはいつもの検査官が一人待ち構えていた。検査システムが体中にセンサーをセットし終わると、検査官が平板な口調で云った。

「2号が死んでお前は旧人類最後の一人になった。気分はどうだ?」
「別に、どうってことはないよ。それより何回検査すりゃ気が済むんだ?お前達は新人類とか自称してるが、検査もろくにできん人間もどきじゃないか」

俺はのっぺりした陶器の外皮を見ると何故か腹か立ってきて噛みつくように云った。
「旧人類は多様性を失い進化の袋小路に入ってたんだよ。絶滅は時間の問題だった。我々は自然が何百万年もかけてやることを数十年でやり遂げ、人類の枝を残したんだ」
検査官は蛙のような眼に薄膜を下ろしながら無表情に云った。
「違う!お前達はまだ何百万年も存続する筈だった人類を、数十年で破滅させてしまったんだ。それも人為的に」
「それで何が悪い? 自然と人為の違いは進化にかける時間の差だけじゃないか。どのみち旧人類は絶滅する運命にあったんだから」
「もういい、いくら話してもどこまでも平行線だからな。それよりいつも俺の何を検査してるんだ? 健康診断じゃないんだろう?」

検査官は目の薄膜をあげて俺をじっと見ると意を決したように薄い口を開いた。
「実は我々新人類の平均寿命は40年位なんだ。セラミック外皮と中和酵素の生成に生命エネルギーを使うからだと言われている。絶滅前の旧人類の平均寿命は100年に近づいていた。長寿遺伝子みたいなものを持っていたんだろうな。それを見つけようとしているんだ」
「ふん、それでもう見つかったのか?」俺は怒りを抑えて探りを入れた。
「見つかったんだが、生殖細胞への組み込みでY染色体の脆弱性という問題がある」
Y染色体の劣化はずっと前から観察されていて、いずれオスがいなくなると言われていたのを思いだした。こいつらも同じなんだと思うと気味が良かった。

「旧人類より劣化がさらに進んでいるようなんだ。DNAの人為操作が原因といわれている。それで、DNAレベルじゃなくて細胞レベルで組み込むしかないということになったんだ」
冗談じゃない、俺の精子を使って奴らの卵子を体外受精させようとたくらんでるようだが、奴ら人間もどきの生殖細胞に組み込まれるなんて、考えただけでも吐き気がする。それくらいなら死んだ方がましだ。

「3号が昨夜脱走して今朝方死体で見つかったそうだが、実験の方は大丈夫かな?」検査部長が云った。
「ご安心ください。3号は寿命限界に近くいずれ死ぬことは分かってましたから、3号の細胞を各部位から採取して保存してあります。必要ならいつでもクローン精子を造って実験できます。」検査官は自慢げに答えた。
「ふむ、それより水棲人間への遺伝子改造実験のほうが問題だな。温暖化による世界的な水位上昇で平野部はほとんど水没するから早急にやれという政府命令なんだが、これは技術的な問題だけじゃなくて、非人類への退化への一歩になるかも知れんのだ」
「しかし、陸から海に戻ったクジラの例もありますから、一概に退化とは言えないのではないでしょうか?」
「ふむ、そうかも知れん。いずれにしても政府命令だ、やるしかないんだろうが・・・」

 SF短編集の原稿第4弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。

4.リセット・・・・・・・・・・・・・・十合 ヒロシ
 ベッドと呼ぶには平坦過ぎる台の上に男が横たわっていた。彫像のような端正な顔立ち、均整のとれた身体は見惚れる程であるが、なかば開いた締まりのない口、青く剃り上げた頭、しみ一つない白過ぎる肌がそれを帳消しにして見る者に奇妙な違和感を与えた。男の頭には極細の電極がハリネズミのように取り付けられ、その端子から出る無数のワイヤーで白い壁際にずらりと並んだス-パ-コンピュ-タに接続されていた。コンピュ-タ用に調整されたエアコンの空気は冷たく乾いてかすかにオゾンの臭いがした。

「オリジナルデ-タセット完了。ボディ応答正常。ニュ-ロ活性ポテンシャル偏差許容値内。ナノプロセッサ-注入スタンバイ。」
「OK、スタ-ト。」

脳神経網転写プロジェクトのリ-ダ-であるリンは、内心に高まる緊張に逆らって努めて平静な口調で言うとほっと息をぬいた。後は予想外の異常が発生しない限りすべて機械が自動的にやってくれる筈だ。ボディは加速クロ-ニングとナノマシン成形後の検査も完了している。後はナノプロッセサが脳神経網のシナプス活性をオリジナルとマッピングさせれば完成だ。

 20世紀末から徐々に頻度を増していた世界的な異常気象と環境破壊が食料危機の原因とされている。低開発国では餓死者の増大、先進諸国では少子高齢化による生産労働力の低下が深刻な問題になっていた。食料資源の環境改善、バイテクによる食料増産対策も危機を回避することはできなかった。世界各国政府は食料・人口管理局による厳しい統制管理に乗り出し、食料供給は定形加工食品の完全配給制となった。

また、生産労働力の低下対策として、それまで宇宙開発、不妊対応等の特殊用途に限定されていた人間クロ-ンの全面適用に踏み切った。しかし、クローン人間をそのまま社会に迎え入れることは、人口増加による食料危機の加速や同じDNAを持つ人間が複数存在することによる社会システムの不安定化が問題であった。そこでオリジナルとしては、生産能力の低下した高齢者を対象とし、オリジナルとクローンは必ず一対一対応で入れ替えるという苦渋の対策が打ち出された。世界各国で猛烈な反対運動が暴動にまで発展し、警察や軍隊まで出動して鎮圧されるという過程を経て、80才以上の高齢者のニュ-ロン情報パタ-ンを電子化登録する法律が強行採決されたのであるが……。

 食卓には豪勢な料理が所狭しとならべられ、中央にはロウソクで飾り付けられたデコレ-ションケ-キ、その横には好物のワインが置かれていた。そう、今日はタクの殿堂入りの日なのだ。人口管理局は”登録日”と言う味気ない言葉を使っているが……。

「早くおいでよ父さん!」息子のシンが大きく手招きしながら叫んだ。
「あなた、早く始めましょう。」別人のようにやさしい口調で妻のサラが言った。

 二人ともにこにこしてやがる。そりゃそうだろう、いつもは配給の加工食品しか口にしてないんだからな。俺が殿堂入りしたら50才も若い俺のクロ-ンが人口管理局から支給されて、食料配給もグンと増えるんだから。今日は食料管理局から特別支給の最後の晩餐と云うわけだ。タムは腹立ちを抑え皆に合わせてにこにこしながら席につき、最高のご馳走であるトウモロコシの姿焼きにかぶりついた。殿堂入りの日に取り乱して家族に迷惑をかけるようなはしたないまねはしたくなかった。だからといって人生のリセットを可能にする夢の制度だという管理局の説明に心から納得していた訳ではないが……。

 タクは殺風景な登録待機室で社会学者リ-・ウォン著「人類の終焉」を読んでいた。過去に起こった多くの生物絶滅の原因の一つである環境の激変に対応する環境破壊や、近年の安定した平衡社会を指向する風潮、科学や文化における変革の矮小化などの要因が、人類という種の終焉が近いことを示しているというものである。タクは結論が少し強引だが論旨の展開はまあまあだなと考える一方で、数分後に迫った殿堂入りから逃れるすべはないかと無益な考えを追っている自分に気がついて愕然とした。これじゃ信仰を盾に殿堂入りを拒否して完全死させられた狂信者と同じじゃないか。俺はそんなことは……。

「登録室にお入りください。3号カプセルに入り直立のまま待機してください。」
スピ-カ-からと思われる突然の呼びかけにビクッとしながらタクは、省エネ対策の間接照明の中で白々と”3”の文字が浮かぶ真っ黒のカプセルに入った。ドアが自動ロックされ漆黒の闇が訪れると殆ど同時に全身がチクチクし、タクの意識は薄れていった。

「ただいまぁ~。」
若々しい声と共に力強くドアを開けたタクは快活な足取りでリビングル-ムに入っていった。
「お帰りなさい。」と、にこにこしながら出迎えたサラを見ながらタクはふと思った。
サラも年を取ったな、前倒しで殿堂入りさせた方がいいんじゃないかな?それにしても新しい俺を何の戸惑いも見せずに受け入れるなんて……。前の俺は何だったんだろう?あれ!こんな感じは確か前にも体験したような気がするが……。書斎に入ったタクは机上にあった日記帳を見つけてパラパラとめくっていたが、ふと手を止めて読みはじめた。

「新しい俺へ。お前は俺であって俺ではない。何故ならニュ-ロン情報パタ-ンの電子化登録は不完全だからだ。いや、言い直そう。クロ-ンの脳内状態をオリジナルと同じにしたら意味がないのだ。老いたオリジナル脳は神経細胞の累積死滅、シナプス活性の低下、不合理な経験の蓄積によるニュ-ロンネットのもつれ等、いわばポンコツ脳になっているのだから。それでもやはりお前はある意味では俺なのだ。お前と俺の差はほんの僅かだ。コンピュ-タとの類推で云うと脳のハ-ドは異なるがソフトは同じなんだ。」

 タクは日記帳をパタンと閉じた。書体は確かに自分のものだが自分がこれを書いたという実感はなかった。ニュ-ロン情報パタ-ンの電子化が不完全だからなんだろうか?いや、仮に完全だとしても俺は俺であってオリジナルとは違うんだ。そのうちこの世界の人間は殆どすべてクローン人間で占められるだろう。そして遺伝子の多様性も失われ、リ-・ウォンの言う平衡世界に至って人類は消滅して行くのだろう。しかし、それはずっと先のことで俺にはどうしようもないことだ。何が起ころうとも生命体としての人間は死ぬまで日々生きていかなければならないのだ。人類が消滅しても生命は次の生物に受け継がれる。そう、クローンの俺がオリジナルから受け継いでいるように。

「行ってきまぁ~す。」
勢い良く玄関ドアを開けて外に出たタクは、軽快な足取りで最寄りの地下鉄駅目指して歩いていった。今日は素材入荷の日で食品加工部の粗加工課に所属するタクにとって物凄く忙しい日になりそうであった。

記事ネタがなくて長らく更新できてません。以下は読んだ本のレビューです。今後も時々この手のものを載せますのでご了解ください。

 マーク・ブキャナン著「歴史の方程式」は、複雑系科学のような物理科学的な手法による未来予測の可能性を模索したものです。SFファンであればアイザック・アシモフ著「ファウンデーション」で提示された未来予測学である<歴史心理学>を思い浮かべてニヤリとするでしょう。翻訳者も「ファウンデーション」に言及しているので、恐らくSFファンなのでしょう。

 砂山の雪崩、地震、森林火災、生態系の異変など、各要素間の相互作用が時間的に累積していく系においては、ある時点でひずみが限界に達して不安定状態に移行するが、これらの系は必然的に自らをその間際の状態である臨界状態に自己組織化するという。統計によればこれらの系は、現象の発生規模と頻度の間に冪乗則が成り立ち、発生は広範囲の規模にわたって連続的に分布しており、体重や試験の得点を統計処理したときの正規分布の中央値のような典型的な発生規模というものはない。しかも、臨界状態の系の挙動は極めて少ないパラメータに依存し、構成要素の属性の詳細には関係しないという普遍性を示し、非常にシンプルな物理モデルで正確にシミュレーションできる。

 臨界状態は自然現象だけではなく、人間が関与する株価の変動、都市の発展、科学革命、戦争などにも見られ、自然現象と同様の冪乗則が成り立つ。しかし、これは未来予測が可能であることを示すのではなく、むしろ現象の典型的な原因がないという意味で未来予測の困難さを暗示している。歴史には無数の力が働いており、歴史の典型的な傾向を理解するには、多くの独立した物事が相互作用しているような系を表す歴史科学が必要となる。それは非平衡統計物理学の分野に属する。系の正確な予測はできないが、個々のできごとの無秩序さが相殺し合うことで、深いところでは規則性が成り立ち、特定の出来事の裏にあるより深遠な歴史的過程の普遍的な特徴を明らかにする。

 私は未来予測の実現を切望していますが、現時点では無理のようです。以下は私のささやかな幻想です。
世界を多数のノードとラインからなるネットワークで表す。各ノードは政治、経済、科学技術などの影響因子伝搬端子を持ち、他の多数のノードの端子と影響伝搬ラインで繋がっているものとする。あるノードの入力端子に入ってきた影響因子の信号レベルの累積が臨界値を超えると、出力端子からラインで繋がった他のノードの入力端子に影響因子の信号が送られる。各ノードの影響因子臨界値は異なるものとする。任意の信号レベルを任意のノードに入力し、各影響因子に対して臨界値を超えたノードを記録するという操作を繰り返したときのネットワークの挙動を調べる。このネットワークが現実世界の歴史過程を再現するように、影響因子、信号レベル、入力位置などをコンピュータ・シミュレーションによる試行錯誤によって適正化できれば、未来予測は可能になる。


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