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 SF短編集の原稿第三弾です。原稿に対するご感想をお寄せ下さい。

3.「自己治療」・・・・・・・・・・・十合ヒロシ
 採鉱船SC210からの緊急通信が入ってきたのは、第3シフト終了間際であった。
「チッ、もうすぐ交代時間だというのに、面倒だな」
ルナシテイにあるスペースカーゴ管理局の監視員アルは、明滅する赤ランプを見ながら顔をしかめた。無理もない、今日は週末でゆっくり仮想都市ジャグラで遊ぶつもりだったからだ。緊急通信は受けた者が対処する決まりで、場合によっては交代員と一緒に徹夜作業になることがある。
「こちら管理局、どうした、何があったんだ?」
「前方からこちらに向かってくる航行体があるんだが、こちらの警報や識別ビーコンに応答しないんだ」
「通信機がいかれてるだけじゃないのか?そんなことで緊急信号とはおおげさだな」
「いや、あれは絶対に変だって!チカチカ光ってて計器を見るたびに位置と速度が違ってるんだから」
「そりゃ計器かおまえの目がおかしいんだろう、質量計の方はどうなってる?」
「航行体の位置が同定できないんだから質量は算定できないよ」
「フム、それじゃすべての計測データをこちらに送ってくれ。それから障害物を回避し船の安全航行に注力してくれ」
「了解」
通信を切ったアルは上級監視官のナキに映話で状況を報告した。

 計測データの解析結果を見たナキは、その処置をどうするか迷っていた。未確認航行体との遭遇事例はさほど珍しくはないし、大抵は流星や人工衛星、惑星間航宙船の誤認、計器不良によるものだったから、これも事例の記録にとどめておくのが無難な処置であった。しかし、この1年で3隻の採鉱船が失踪して管理局の責任が取りざたされるようになり、局長からは管理を強化するように言われていたのである。万一これが4隻目の失踪ということになると、処置を誤ったナキ自身の責任問題にもなりかねないのであった。それを回避するには、緊急会議を開催してスタッフの意見を集約し、処置を議決するしかなかった。

 シフト終了間際に緊急呼び出しで会議室に集められた管理局スタッフは、誰もが緊張と不満が入り混じった表情で席に着いていた。ナキの状況説明が終わるとサン局長がおもむろに口を開いた。
「それで船は大丈夫なんだな?」
「はい、今のところは障害物を回避する安全な航路を進んでいます」
「それじゃ、何が問題なんだね?」
「SC210のパイロットの証言と計測データの解析結果から、この未確認航行体はマクロ量子体ではないかと思われます。もしそうなら、その軌道は確率的にしか算定できないので、SC210の現回避航路が必ずしも安全とは言えなくなるのです」
「3ヶ月前のSC207失踪のときと状況が似てるな、ひょっとすると同じ原因かも知れんぞ!この際その未確認航行体を徹底的に調べるべきだ」スタッフの一人が早口で言った。
「しかし、それは管理局の管轄外だし、我々だけでできることじゃないよ。あまり空騒ぎしない方がいい」別のスタッフが冷ややかな口調で言った。
会議は堂々巡りをして埒があかず、出席した管理局スタッフは皆うんざりしていた。船に異常なければいいじゃないか、未確認航行体の調査は連邦の深宇宙管理省にまかせりゃいいんだ。と内心だれもが思うようになっていた。
「これじゃ埒があかないんで、この問題は連邦の深宇宙管理省に報告することにする。」とサンが渋々発言し会議は終わった。

「なんで軍の護衛艦がついてくるんだ?これは深宇宙管理省の管轄で軍は関係ないじゃないか。」と航宙技術局のフィルが口をとがらせた。
「俺にも判らん、重力センサーがマイナス値を出したからという噂は聞いたがね。」
情報屋のパクがガムをクチャクチャやりながら無造作に答えた。
「マイナス重力だって?そんなばかな!センサーの故障に決まってるじゃないか。そんなことで護衛艦を出すなんて税金の無駄遣いもいいとこだ。」
「そうカッカするなって。ひょっとすると反重力砲でも開発してるのかも……。」
深宇宙調査船リアル1号の3Dスクリーンに映し出されたその航行体は、漆黒の宇宙を背景にチカチカと瞬きながらアトランダムにその位置を変えているようであった。
「なんで位置がでたらめに変わるんだ?センサーかデータ処理系がおかしいんじゃないか?」フィルはいらいらした口調で叫んだ。
「センサー、データ処理系とも異常ありません」人工知性体リアル1号が答えた。
「それなら航行体の位置と速度を同定して出力しろ」
「位置と速度を同時に同定することはできません」
「融通がきかないやつだな、計測時間を少しずつずらせて平均を取ればいいだろうが!それから質量も計測しろ」
「了解しました」
しばらくして出力されてきた計測データを見ながら、フィルは素っ頓狂な声をあげた。
「なんだこりゃ、位置も速度もばらつきが大きすぎてどれがほんとかわからんじゃないか、それに質量が0近くで+になったり-になったり、滅茶苦茶だ!計測システムがいかれてるにちがいない」
「計測システムは正常です。データを正しく解釈すれば、航行体の実在を確定することはできないということを意味します」
「何を言ってるんだ!それじゃ3Dスクリーンでチカチカしてるのは一体何なんだ!」
「私は貴方の言われるチカチカを認識していません。貴方は航行体の実在を前提としてスクリーンを見るからチカチカを認識するのです。実在とは認識体と対象との相互作用の発現に過ぎないのです。」
「オイ、パクよ聞いたか?リアル1号が狂っちまったぞ!大変だ。」
「軍の護衛艦も狂ったみたいだぜ。見ろ!チカチカめがけて突進していくぞ!」
「いや、違うぞ!あれは航行体の方がふくれ上がってこっちに向かってくるんだ!リアル1号最速で脱出しろ!」

 深宇宙管理省及び連邦軍の公式記録によれば、リアル1号も護衛艦も基地に帰還しなかった。軍/管理省合同の捜索隊による必死の捜索にもかかわらず、破片一枚も発見することはできなかった。管理記録には「消失、原因不明」と記されているだけである。リアル1号からの通信記録は管理省航宙技術局の各部から選任された専従者で構成する臨時調査チームによって徹底的に解析されたが、何が起こったのかを解明することはできなかった。

「これじゃダメダ。何も解らんと言ってるのと同じじゃないか!こんなものを提出したら航宙技術局はマヌケの集まりだと宣告されるぞ!原因がつかめんのなら推定でも何でもいいからもっともらしい話をでっち上げろ!」
次期管理省長官と噂されている局長のカンは、仁王のような形相で調査チームの報告書をわしづかみにするとリーダのタムの方へ放り投げた。
「推定でもよろしければ理論物理部の連中が……」とタムが恐る恐る言った。
「フン、理屈屋に何が解るもんか!推定と言っても事実に基づいた正しい推定でなきゃダメダぞ。まあいい、どんな理屈か言ってみろ」
「連中は、フィルが見たと言ってるのが錯覚でなければその航行体は反重力発生機を搭載していたか、反重力物質で作られれていたのだろうと言ってます。日常のマクロ世界では重力場による外乱のため不安定な量子状態は保持されませんが、反重力場によって重力場が中和されると素粒子のミクロ世界と同様に、量子状態が安定的に保持される、つまりマクロ世界が量子化されるそうです。」
怒りをかみ殺しながらタムは努めて平静な口調で言った。
「ゴタクはいいから、なんで消えたか説明しろ。」
カンは机を指先でトントン叩きながらいらいらした口調で先を促した。
「つまり、リアル1号は重力場の中和によって生成した量子時空の引き込み現象のために護衛艦共々量子化され、アインシュタイン時空のマクロ観測では実在を同定できなくなったと言うことです。」
「フム、理屈だな……。すると連中はこの宇宙には存在しないと言うことだな」
「いや、存在するかしないかを決められないということのようです」
「同じことじゃないか?まあいい、ところで、軍はどう言ってる?」
「こちらの問い合わせには軍事機密の一点張りで何も答えません。」

 夏の日の昼下がり、日差しを浴びてキラキラと揺れ動く海面に分け入った釣り船がエンジンを切って停止した。10人くらいの釣り人がめいめいお気に入りの釣り竿を舷側に立てかけ、波間を揺れ動くウキを期待を込めて見つめている。海上を飛び交うカモメが数羽、釣り船の屋根で羽を休めていた。短パンにTシャツ姿のアルは、時折釣り竿を上下させながらクーラーから取り出した缶ビールで乾いたのどを潤した。お代わりした缶ビールに口を付けたとき、ウキがピクピクと海中に引き込まれるのが見え、とっさに合わすと確かな手応えがあって釣り竿がグンとしなった。慎重にリールを巻き上げると\rensuji{30}センチくらいの黒鯛がピチピチとはね回っていた。丁寧に釣り針を外して魚をいけすに放り込むと、にんまりと笑みを浮かべて缶ビールをぐびぐびと喉に流し込んだ。

「アル、調子はどうだい?こっちはサッパリだよ!」
聞き覚えのある声に振り向くと、エラの張った四角い顔満面に笑みを浮かべたドングリ眼の男が目に入った。
「まあ、ぼちぼちだな」
釣り人がかわすきまりの挨拶のつもりで何気なく答えたアルの顔から笑みが消え、大きく見開いた目でまじまじと男を見つめた。
「フィル?本当にフィルなのか!?」
「そうだよ、まさか長年の親友を忘れたわけじゃないだろうな」
「そうじゃないけど、あんた確か未確認航行体の調査で護衛艦もろとも消失した筈だろ?いつ帰ってきたんだい?」
「いつと聞かれても答えにくいが、まあ今と言うしかないな」
「今だって?ふざけるんじゃないよ!深宇宙管理省や家にも帰らずこんなところで何してんだ?」
「何って、あんたと同じ釣りだよ」
「違うったら!なぜ帰還報告もせずに仮想都市ジャグラで遊んでるのかって言ってんだよ!」
「そりゃ護衛艦の連中と同じ目に会いたくないからさ」
「すると彼らも帰還してるのか?」
「ああそうだよ、かなり無理な変換をやって出頭した途端、拘束されて徹底的な検査と尋問を受けてるよ。」
「ふーん、それであんたはこれからどうするんだい?」
「しばらくはここで暮らすつもりだ。時がきたら変換するかも知れんが・・・」
「ここで暮らすといっても、ここは脳―マシン系の相互作用が生み出す仮想現実に過ぎないんだぜ。生身の人間が長期間もつわけないだろう」
「どうもあんたは誤解してるようだ、俺はあんたが言うような生身の状態じゃないんだよ」
「なんだって!するとあんたは幽霊か、それとも電気信号列からなる情報体だとでもいうのか?」
「そうだとも言えるしどちらでもないとも言える。あんたがどう考えるかによってどうにでもなるさ」
「まるで禅問答だな、サッパリわからんよ。ところで、護衛艦の連中のことをどうして知ってるんだ?軍事機密じゃないのか?」
「あれ以来かれらと俺は関係性の網で繋がってるからな、じゃあまたな、あばよ」
かき消すようにフィルは消え失せ、残されたアルは満たされぬ思いを断ち切るように、再び釣り竿を力一杯投げ入れるのであった。

 連邦軍の防衛本部会議室では、各部局の幹部クラスが出席して困惑した表情で科学技術局の報告を聞いていた。
「すると帰還した二人からは何の異常も検出されないというんだな?」深宇宙戦略局長が眉間に皺を寄せて念を押した。
「はい、精神及び肉体に関するすべての検査項目をパスしました。精神操作の痕跡やナノレベルの操作子も検出されません」
「どうやって帰還したのか、護衛艦や他の乗組員がどうなったのかもわからんというんだな?」
「二人は未確認航行体への接近から帰還までの間の記憶を失っています。嘘発見器や自白剤も使いましたが何も出てきませんでした」
「フム、困ったことだ。スペースガードシステムに探知されずに未確認航行体を送り込んできたり、護衛艦を消したり、地球上に人間を現出させることができるとなると、防衛戦略は成り立たなくなってしまう。つまり、エイリアンの侵略に対して無防備に等しいことになる」
「敵はなぜ二人を帰還させたのか?スパイ活動のためかも知れんから二人を厳重に監視する必要がある」諜報局長が重々しい口調で言った。
様々な意見が出されたが、今回の事象を説明できる基本的な仮説すら立てられない現状では議論が収束するはずもなく、二人に対する更なる調査とスペースガードシステムのデータ分析継続、現有兵器の点検整備、反重力砲など新兵器の実用化促進を決議するに留まった。

 その最新式の仮想現実システム「イフ」は、発売されてわずか3ヶ月で市場を制覇し、これまでのシステムを時代遅れのものにしてしまった。ソル系内の仮想都市ばかりでなく個人ユーザーにも浸透し、普及率は98%にも達したのである。爆発的な売れ行きを示した原因は、わずらわしいインタフェースがいらないにもかかわらず、リアル感はこれまでのものとは比べ物にならないくらい優れていることと、個人の人生記憶を抽出編集してあり得たかも知れない別の人生を経験させる機能を有していたことが挙げられる。この機能は、老齢化が進む連邦社会で人生が残りわずかとなった老人達に唯一とも言える生き甲斐を与えたのである。「イフ」のメーカーであるパラダイム社は、それまで無名のベンチャー企業であったが、このヒット商品のおかげで瞬く間に上場企業へと
急成長したのである。

 超高層ビルの最上階にあるパラダイム社の社長室では、CEOのバクがホロビジョンで造影されたフィルの3Dイメージと話し込んでいた。
「これまでのところは順調に進んでいるが、最終的に間に合うのかどうか心配だよ」バクは大成功した企業家とは思えない弱気な声でつぶやいた。
「着々と成果が出てる、大丈夫だよ」楽しそうにフィルが言った。
「あんたはいいよな!変換なしのフリーフローモードで成果がずばり実感できるんだから」
「暫定的な役割分担の違いに過ぎんよ、あんたが言ってることは手が脳を羨ましがるのと同じだぜ。今進めてるのはそういう病的な症状を治療するためじゃないのか?」
「すまん、そうだった。どうも変換すると重力場の影響で以前の断片的な考え方になっちまうようだ」
「今『イフ』の平均使用時間は1日あたり約5時間で、さらに増える傾向にあるよ。心配するなって」
「それはいいんだが、目に見える改善効果はでてるのかい?」
「ああ、みんなのバラバラに切り離されてた心の動きがつながり、一なる宇宙へと広がっていくようだ。宇宙の他の知性部分と融合できれば治療は完了だ。」
「もしもうまくいかなかったらどうなる?」
「その時は荒療治になる。ソル系と周辺の時空連続体を摘出して残りを縫い合わせることになるだろう。ガンの手術と同じだよ」
「誰がどうやってそんな途方もないことをやるんだい?そもそも、そこまでやる必要があるのか?」
「誰ってことはないんだ。宇宙そのものの自己進化、いや自己治療らしい。摘出はブラックホール化によるのが多いということだ。時空の病的な精神部分を放置しておくと他の知性部分に伝搬していき、ある限度を超えると宇宙全体が発病して死滅するそうだ。人間のガンみたいなものだな」
「今まで時空摘出までいったことは何回くらいあったんだ?」
「結構多いらしい。この銀河系でもいくつかブラックホールが見つかっているが、それが時空摘出の痕跡かも知れない」
「時空摘出の限界条件みたいなものはあるんだろうか?」
「他のフリーフロー達に聞いたところでは、その時空域の知性体がバラバラに切り離された上に他の時空域の知性とのつながりも途絶え、己のみが宇宙で唯一の知性であり他はすべて利用対象であると確信して活動する状態になったときらしい」
「今のソル系はどうなんだい?まだ限界に達してないんだろう?」
「さあ、どうかな。一人一人が自分の心に問うてみるしかないだろうな」


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