白川真澄著
「脱成長のポスト資本主義」を読んだ。資本主義は、いま2つの壁=難問に直面している。先進国における途方もない格差の拡大と長期停滞(低成長・低インフレ・低金利)である。この2つが資本主義に対する懐疑と不信を掻き立てる大きな要因である。
格差拡大の原因は、企業がコスト切り下げのために低賃金の非正規雇用を急増させてきたことである。また金融資本主義化によって、株価高騰や金融商品の値上がりなどによって富裕層の所得や資産が急増した。さらに新自由主義路線のもとで格差拡大は放置され、貧困に陥る人が急増した。
長期停滞の原因は、1.人口減少に伴う労働力不足が急速に進行していること、2.貧富の格差が急速に拡大していること、3.企業が大きな利益を生む新しい投資先となる産業分野を見いだせず、設備投資が停滞していることである。低成長の常態化は、成長を最大の動機とする資本主義の存立根拠を奪う出来事に他ならない。これが人々を不安に駆り立てている。
資本主義のオルタナティブとしては、2つの方向が提案されている。1つは、多国籍企業と金融化が主導する現在の資本主義を、公共的に規制された《よりましな資本主義》に転換させるというものである。すなわち、国家による所得再配分の強化によって格差を縮小し、消費支出の拡大によって経済成長を回復するという構想である。
もう一つは、脱資本主義的な社会(脱商品化、脱成長、脱利潤原理などの原理に基づく社会)のモデルをローカルから創出し、資本主義による包摂・統合の作用と対抗しつつ、資本主義システムを蚕食していくという構想である。
両者は資本主義への向き合い方が正反対なのだが、いずれも資本によるグローバリゼーションに対抗しようとする。そして資本主義、とくに資本主義世界システムに対する公共的な規制を強化するという点では重なってくる。
《よりましな資本主義》への転換戦略の問題点は、消費の質や中身を不問にしたまま、ひたすら消費拡大による経済成長を描いており、気候変動の危機や自然生態系の破壊を招くことである。また、公共的規制のため国家が主役として復活し、ナショナリズムの復興という動きが強まる。
脱資本主義的な社会の原理と特徴は次のようである。
1.脱労働力商品化/労働のあり方を変革する
*ナリワイ(自営業)、つまり賃金を得て労働する以外の働き方が成り立っていて、人々がいずれかを選択することができる。労働力商品化からの脱却になる。
2.脱成長/経済成長主義から脱却した経済・社会のモデルを創出する
*地域の資源を生かし、モノ・おカネ・仕事が地域内で循環する経済システムを
創る(エネルギーや食の地産地消、半農半Xの働き方など)
*蓄積されたストックを活用した共有する経済を発展させる(空き家・空き室や
クルマのシェアリング、耕作放棄地の再生)
*互酬と助け合いの活動を活性化する(地域のケア、地域通貨)
*労働時間を抜本的に短縮する(年1300時間、週3日労働あるいは毎日4時間労
働)
*経済の中心をモノづくりから人へのサービスにシフトする。製造業は高付加価
値のモノづくりに集中する
3.脱利潤原理/利潤の最大化を優先することから脱却した企業や経営・事業のあり
方を創出・拡大する
*協同組合や社会的連帯経済を発展させる
*巨大企業を頂点とするピラミッド型の生産・供給システムから中小・零細企
業・自営業・協同組合が主役の自立・ネットワーク型のシステムに転換する。
4.脱商品化/市場(商品)に依存しない活動や取引を広げる
*医療や介護や子育てや教育は、誰もが利用できるように市場に委ねず公共的に
規制し、無償で提供する
*人間の生命・身体や自然は、商品として取引することを禁止する
*様々な活動を商品化されたサービスとして購入することを抑え、自分たちの手
で行う(料理、悩み事の相談)。無償の助け合いや共同の活動として行う(子
育て)
5.脱グローバル化/連帯する(開かれた)ローカリズムを発展させる
*過剰なマネーのグローバルな投機的移動を禁じて、マネーをローカルな経済や
コミュニティに埋め戻す
*マネーの移動は制限し、モノの交易は適正に規制し、ヒトと文化の移動は自由
にする
資本主義に対する民衆の対抗とオルタナティブの創出は、ローカル(地域)とナショナル(国民国家)とグローバルという三つのレベルで繰り広げられる。
第1のローカル(地域)のレベルでは、民衆の対抗力と創造力が最も濃密かつ持続的に現れる。
第2のナショナル(国民国家)のレベルでは、資本主義のあり方をめぐる政治的な攻防が展開される。
第3のグローバルなレベルでは、国境を超える多国籍企業とマネーの活動に対する民衆の運動と力の形成が課題となる。
資本主義に対する3つのレベルの運動や活動を有機的に連携させることができれば、資本主義へのオルタナティブは、人々の中にリアリティのある希望として姿を現すであろう。