2018/05/30 (Wed) 主権なき平和国家
2018/05/28 (Mon) 新・日本の階級社会
2018/05/15 (Tue) 核戦争の瀬戸際で
2018/05/07 (Mon) ルポ国家権力

 ピエール・ロザンヴァロン著「カウンター・デモクラシー」を読んだ。本書は、権力(政府)を監視し、阻止し、裁くという多角的なカウンターなしに民主主義は実現しえないことを、近代の民主主義の成立理念から、また多様な歴史経験をたどりながら描き出したものである。

民主主義とは多種多様の人々の意志を集約する仕組みである以上、もともと一元的ではありえない。むしろ声の複数性を前提とする。それを強引に一元化するとき、民主主義は専制や独裁に転化する。それを防ぐためには、選挙独裁に対する多角的なカウンターが必要である。具体的には、「法の統治」の軸である立憲主義、国民が権力に対して向けねばならない日々の責務である監視、権力の行いを可視化するメディア、市民が意志を表明する集会やデモや公的な場での発言、司法による審判などである。

問題は、選挙で代表を選んだら彼らにすべてを任し、権力を委ねる代表に対する「不信」のまなざしを持つ市民の監視が十分に行われていないこと、権力の行いを可視化する責務があるメディアのほとんどが、政府の広報機関か権力のプロパガンダに堕していること、市民が意志を表明する集会やデモも一部の人々に限られ、権力の振る舞いを変えさせるまでの全国的な盛り上がりに達していないこと、司法が「統治行為論」などという論理を作り、行政権力(政府)の専横を牽制することに及び腰であることなどである。

日本ではいま民主主義が最大に危機に瀕している。憲法違反が明らかな決定が閣議でなされ、政権周辺から法的整合性は二の次だと言う声が公然とあがり、その閣議決定に基づく安保法制が強行採決され、ほとんどの主要メディアは政権に懐柔されて批判的監視の姿勢を置き忘れ、何事も起こっていないかのような気配だけが漂う。そしてあちこちで抗議の声が上がっても、そんなふうに騒ぐ方がおかしいと言わんばかりの状況である。

沖縄では基地反対の明白な民意を振り払って基地建設の強行が続くばかりか、その民意を「頑迷」だとし「過激」だとみなす気配まで作り出されている。今やこの国では権力が監視されるどころか、権力の横暴に背を向けて抗議する人々を白眼視する傾向さえある。もはや民主主義は足元どころか腰まで朽ちかけている。

選挙による代表選出がすべてだとしたら、民主主義はかたちだけになる。一度選ばれた代表は何をするかわからない。最悪の場合、選ばれた代表は託されたはずの権限を自分の私欲のために用い、選んだ人々の期待を無視するどころか、人々から一切の権限を奪うことさえできる。そうなると民主主義は専制や独裁にも転化しかねない。実際、ナチズムを典型として、そういうことは何度も繰り返されてきた。日本でも安倍政権のもと戦前戦中の体制が再び繰り返されようとしているが、大多数の国民は実感しているようには見えない。

 伊勢崎賢治、布施祐仁著「主権なき平和国家」を読んだ。本書は、地位協定の国際比較からみる日本の姿を解明したものである。日本は「戦時」でも「準戦時」でもなく、自衛隊という戦力を持ち主権が確立した「平時」のはずなのに、他国の地位協定と比べると何かがおかしい。日本は形式的には「独立国」でも、日米地位協定によって主権が大きく損なわれている。主権とは、国家が他国から干渉を受けずに独自の意思決定を行う権利のことである。

安倍自民党は2018年の改憲発議を目指しているが、主権が損なわれた、つまり自国のことを自分で決められない国が、どんなに立派な憲法をつくってもそれは「絵に描いた餅」に過ぎない。だから憲法よりもまずは日米地位協定を変える必要がある。日米地位協定を改定し、真の主権を取り戻してこそ、日本は憲法を自らの意思で実行していく力を持つことができる。

日米地位協定を他国の地位協定と比較した結果をまとめるとつぎのようになる。
1.日米地位協定は「平時」の協定なのに、他と比べて断トツに日本の主権が不在である。
2.日米地位協定は、国民の生命・財産に対する在日米軍の脅威を排除するべき日本政府の能力を損なっている。
3.日米地位協定は、領土係争中の国との外交交渉で日本の主権を発揮する妨げになる。
4.主権意識が麻痺している日本人は、自衛隊が海外派遣先で地位協定によって特権を享受し、その国の主権と人々の権利を脅かす存在になり得ることに鈍感である。

歴代の日本政府が、日米地位協定を「パンドラの箱」のように扱い、アメリカに改定を要求するのを避け続けてきたために、国民もこの「日米地位協定=永続占領レジーム」に慣れ切ってしまっている。ドイツも韓国もイラクも改定を実現したように、地位協定は「パンドラの箱」などでは決してない。

「半占領国家」から「主権国家」になるための改定の最大のポイントは、「駐留を認められた外国軍隊には特別の取り決めがない限り接受国の法令は適用されない」というこれまでの前提を改め、ドイツなどと同様に、日本の領域内では日本の法令が適用されるという「属地主義」を徹底し、在日米軍にも原則として日本の法令を適用することである。

地位協定の改定を実現するためには、国民の世論と運動を高めるしかない。「地位協定をもっと対等にしろ」「政府はアメリカと交渉しろ」という国民多数の声を背景に、日本政府が覚悟を決めてアメリカ政府と交渉して初めて、チャンスは開かれる。国民世論と国民運動がなければ日本政府は改定要請しないし、アメリカは譲歩しない。
ドイツ、イタリア、韓国、フィリピン、イラク、アフガニスタンで改定実現の起因になったのは、国民世論と国民運動である。

 橋本健二著「新・日本の階級社会」を読んだ。本書は、日本が「格差社会」のレベルを超えて「新しい階級社会」に入り、貧困率が上昇して膨大な貧困層が形成され、社会が分断されている実態を、各種統計や社会調査データを通じて明らかにしたものである。そして、格差を縮小しより平等な「非階級社会」を実現する方策を提示している。

1970年代後半から2005年の直前まで常識だった「一億総中流」意識は、格差が拡大するとともに「人並より上」と「人並より下」に分解し、階層帰属意識や満足度が生活実態と正確に対応するようになった。そして政党支持も所得水準との対応関係を深めてきた。自民党は所得水準が高く、格差拡大を肯定・容認する人々から支持を集めている。つまり自民党は、支持基盤が特権階級や富裕層に特化した「階級政党」になった。最近貧困層が格差拡大にあまり反対しなくなったのは、「自己責任論」の広がりと深く関連している。

現代日本の階級構成としては、資本家階級、新中間階級、労働者階級、旧中間階級があるが、問題は労働者階級内部で正規労働者と非正規労働者が異質性を増し、二つに分裂し始めていることである。非正規労働者は雇用が不安定で賃金も正規労働者には遠く及ばない「階級以下」の「アンダークラス」と呼ぶのがふさわしい。従って階級は資本家階級、新中間階級、正規労働者、アンダークラス、旧中間階級の五階級になる。

格差が拡大し貧困層が増えている現実を実感し問題視しているのはアンダークラスで、次いでパート主婦である。資本家階級は貧困層が増えている現実を認めず、格差が大きすぎるとも考えない。新中間層は貧困層の増大は認めるが、格差が大きすぎるとは考えず容認する。正規労働者と旧中間層は中間的である。

自己責任論を最も強く支持するのは資本家階級で、次いで旧中間階級である。新中間階級と正規労働者はある程度自己責任論を受け入れている。アンダークラスは自己責任論を受け入れる傾向が弱いが、自己責任論に否定的なのはパート主婦である。
所得再配分については、アンダークラスが最も強く支持し、次いでパート主婦と旧中間階級である。資本家階級・新中間階級・正規労働者は余り支持しない。

「排外主義」「軍備重視」を支持する人々は、格差拡大の事実を認めず所得再配分に反対する傾向が強い。自民党支持者は、排外主義的で軍備重視の傾向が強い。他党及び無党派のあいだには大きな差はなく、自民党支持者の異質性が際立っている。

格差拡大はアンダークラスを中心とする膨大な数の貧困層を生み出し、社会的コストを増大させ、格差の固定化からさらに多くの社会的損失が生まれるという様々な弊害を生み出す。格差縮小の方法は、(1)賃金格差の縮小、(2)所得の再配分、(3)所得格差を生む原因の解消の三つに大別できる。

(1)賃金格差の縮小には均等待遇の実現、最低賃金の引上げ、労働時間短縮とワークシェアリングがある。(2)所得の再配分には累進課税の強化、資産税の導入、生活保護制度の実効性の確保、ベージックインカムがある。(3)所得格差を生む原因の解消には相続税率の引き上げ、教育機会の平等の確保がある。

格差社会の克服を一致点とする政党や政治勢力の連合体が形成されるなら、その支持基盤となりうる階級・グループはすでに存在している。それはアンダークラス、パート主婦、専業主婦、旧中間階級、そして新中間階級と正規労働者のなかのリベラル派である。これらの一見多様で雑多な人々を、格差社会の克服という一点で結集する政治勢力こそが求められる。その可能性の一端は、2017年10月の衆議院選挙での立憲民主党の躍進にあらわれた。自民党は排外主義と軍備重視に凝り固まった特殊な人々しか強固な支持基盤になっておらず、一強体制に安住することで支持基盤を自ら脆弱化している。

 ウィリアム・ペリー著「核戦争の瀬戸際で」を読んだ。本書は、防衛関連企業創業社長から国防次官、国防副長官、国防長官を歴任し、その間一貫して「核なき世界」を目指して核戦争の危機回避のための政策を推進してきた著者の回顧録である。

核の危険性は冷戦の終焉とともに後退したが、21世紀に入ってアメリカとロシアの緊張が高まり、ロシアは核戦力の大幅なアップグレードに乗り出している。また、地域的核戦争と核テロリズムという二つの新しい核の危険性に直面している。

核戦争の瀬戸際で回避されたキューバ危機を、ソ連のミサイル分析チームの一員として体験し、核兵器の危険性を削減する取り組みに一直線に進む以外に道は見えなかった。キューバ危機は、ソ連の核兵器工場に対するハイテクシステムの開発から身を引き、ペンタゴンの指導者として、アメリカの核抑止力を維持強化するために従来型の戦略兵器を最新化すること、法制度の立案やグローバル外交、民間に啓発活動を通じて、核兵器削減に向けた国際協力計画を遂行する契機となった。

 青木理著「ルポ 国家権力」を読んだ。本書は著者が各紙誌に発表してきた作品の内、ルポルタージュを主に収録したものである。内容は、法務・検察や刑事司法の歪、石原都政や都議会の問題点、沖縄タイムス連載原稿、死刑問題などである。

国松長官狙撃事件は、刑事警察ではなくオウム真理教による犯行と見立てた公安警察が主導し、現職の警視庁巡査長が犯行を自供すると言う経過を辿り、しかも公安部がそれを隠蔽していたことが発覚し、警視庁公安部長が更迭された。東京地検は証拠不十分から不起訴とし、ついに公訴時効を迎えた「呪われた事件」であった。
公安警察は、巡査長がオウム信者であることを狙撃事件前につかんでいたにもかかわらず、公安部幹部の独断で握りつぶされ、巡査長の身辺調査に着手しなかったことが迷宮入りの原因となった。

公安警察には「チヨダ」と呼ばれる極秘組織があるが、これ以外に「I・S」または「07」と呼ばれる全く新しいタイプの公安秘密組織がある。従来の活動から零れ落ちている政治関連、マスコミ関連などの「幅広情報」の収集、管理を行う組織である。収集した情報を恣意的に使えば、公安警察が政治的な謀略機関と化す危険性がある。例えば収集した情報をメディアなどに流し、世論操作や政治家攻撃を行うなど。

各省庁の天下り斡旋は法で禁じられたが代替制度が未整備の状態で、警察庁がダミー会社「サン総合管理」を設立し、違法な天下り斡旋を行わせている。この会社は、警察庁の元人事課長がトップを務め、全役員が警察OBである。都道府県の警察主導の暴排条例は、警察OBの天下り先拡大の狙いがあるとみられている。

公証人システムは、天下りなど法務・検察組織全体の構造的利権の中核である。公証人の一人当たり年間売上高は、平均3300万円、経費は売る上げの三分の一から半分。つまり、平均で1500万円以上の収入を得ている。公証人の七割が判事と検事のOBで、中でも検事が最大勢力。一般対象の公証人試験は一度も実施されていない。公証人という利権を判事と検事が共有していることが、裁判所が検察に追従する要因の一つとなっている。

石原都政は、強引な独善と場当たり的な施策に悪弊が極大化し、都政の現場は混乱と怨嗟ばかりが渦巻いていた。都が1000億円という巨費を出資する「新東京銀行」は、設立から二年で累積赤字が500億円近くに膨らんだ。「首都大学東京」は、復古国家主義的な石原の友人やお気に入りの人物をトップに据えた「石原大学」に過ぎない。
石原は豪華外遊や高額交際費のほか、都の文化振興事業(TWS)に四男・延啓を重用するなど、「都政私物化」で非難された。また腹心の副知事や特別秘書、友人や知人を都政に重用する側近政治であった。(安倍とそっくりだ!)


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